真夜中も真夜中
時計の針は余裕で十二時を過ぎ去り、辺りを夜中独特のシンとした空気が包んでいた
「もうこんな時間かよ…」
眠気があるわけではないが、明日も仕事だし
パソコンをシャットダウンし、閉ざす
「…」
すぐ背中側のベッドには、チビが丸くなってすぅすぅと寝息をたてている
気がつけばちびが家にきて、もう半年以上流れようとしていた
「よく寝てやがんなー」
ぷにぷにとした赤い頬を軽く摘んでみても、寝息は規則正しくて微塵も乱れない
「さて、俺も寝るか…」
あくびを一つかみ殺し、ベッドに入る
ガキは体温が高いってのは本当だな、と肌で感じた
四月、だいぶ暖かくなってきたとはいえまだ肌寒い夜中には
ちびのその体温が気持ちよかったから
510 ◆AC57OO8nhs [sage] Date:2009/04/18(土) 00:22:57.94 ID:HIGLYQDO Be:
電気を消した、薄暗い部屋の中
安っぽいカーテンの隙間から青白い月明かりだけがぼんやり頼りなく射している。
「…」
昨日や一昨日と何も変わらない、夜
何も変わらない
静かな夜
なのに
すぅすぅ、とほとんど耳元と言っても過言じゃないほど近くで聞こえていた幼い寝息が
不意に小さく乱れ始めたように、聞こえた。
「…ちび?」
返事はない
ただただ、小さな寝息は軽く啜るような浅い吐息に変わり始め
泣いているかのようにも聞こえた
小さく、すん、すんと
「…?」
薄暗い夜の闇の中、目を凝らして見ても
ちびの顔は伺い知れない。
悪い夢でも見てるのだろうか
悪い夢でも見て、魘されてるだけだろうか
すんすん、すん、すん
しゃくりあげるような小さな寝息が
次第に水気を帯びてくる
511 ◆AC57OO8nhs [sage] Date:2009/04/18(土) 00:37:27.84 ID:HIGLYQDO Be:
「泣いてるのか?」
やっぱり返事はない
その小さい身体を軽く揺すってみても、反応はなくて
やっぱり眠っているのだとはわかる
けれども
すんすん、と湿ったしゃくりあげる寝息は止まない
闇夜の中じゃ、その表情を確認するすべさえないのけど
「…あ、そうだ」
枕元に放置した携帯に手を伸ばし、液晶を開く
闇夜に馴れていた目に明るい液晶が痛いが
液晶の白い明かりに照らされ、やっとちびの表情を確認することができた
できたのだが…
「…」
赤い頬を、白い肌を、滴が一つ二つと流れ落ちていくたびに
すん、すん、と小さくしゃくりあげる呼吸
「…」
何で泣いてるんだ?
ちびは悪い夢でも見ているんだと自身に言い聞かせてみるが
なぜだかひどく胸が痛んで、やるせない
嘘泣きなんかはよく見るけど
こんな静かな泣き顔は初めてで、どうしたらいいかさえわからずに
俺は、ちびを起こすこともできずその丸い頭をただ撫でていた。
ゆっくり
512 ◆AC57OO8nhs [sage] Date:2009/04/18(土) 00:51:03.99 ID:HIGLYQDO Be:
「…さ、」
「ん?」
寝言か?
唇が微かに動いて、何か言葉を発したことは確かだけど
それは耳で聞き取るには剰りにも微かすぎて、何を言ったのかはわからなかった
確かなのは、ちびがすんすんと泣きながら『それ』を呟いたこと
「…」
「て…、ん」
携帯液晶の白い明かりに照らされたちびの顔
その柔らかい曲線を描く頬を、また一つ一つと滴が流れて落ちてゆく。
「…てんさん」
「…」
呟くように紡がれた小さな声は、確かに『テンサン』と聞こえた
テンサン…天蚕…
いやいや、蛾を呼びながら涙するワケないだろ、常識的に考えて
だとすると
「…天さん、か」
考えられるのは、人名か
「てんさん…、」
すんすん泣く寝息の中に、混ざるように呼ばれるその名は誰のものなのか
考えてみたら、俺は何も知らないのだと
ちびがなぜあんなところにいたのか
なぜ一人だったのか
なぜ泣いていたのか
513 ◆AC57OO8nhs [sage] Date:2009/04/18(土) 00:55:40.36 ID:HIGLYQDO Be:
明日の朝、様子を見ながら聞いてみようか
知らないことも、わからねーこともたくさんありすぎる
半年以上も同じ部屋に生活しているのに
おしまい