431 : ◆hAmnyPalgs[sage]:2008/06/08(日) 03:52:14.48 ID:YIcuRZYo
肌を空気の塊が風になって擦っていく。
敏感な耳が一瞬キンと痛むが、ゆっくりと呼吸をすればすぐに落ち着いた。
みるみるうちに地上が近づいていく。覚悟に迷う時間は、もうないのだ。
七年前……
オレと、あいつが暮らしていた、あの安っぽいマンションは、未だそこにあった。
少し古びたか、やはり。それでも確かにオレの記憶の中のそれがそのままそこにある。
自分の呼吸が乱れていることに少し遅れて気がついた。
落ち着け。
期待をしてはいけない。
もう、他の誰かと
あの頃オレと暮らしたように
暮らしているのかも知れないのだから。
438 : ◆hAmnyPalgs[sage]:2008/06/08(日) 03:54:56.55 ID:YIcuRZYo
そしてオレはそれを望んでいたはずだ。
いや
そう、思い込もうとしていたはずだ。
だが、オレには出来なかった。
あいつへの愛を過去のものにしようと、七年間。
七年はナメック星人にとってはさほどでもないはずだったが、オレにとっては長かった。
七年間。オレを忘れてくれと。他の誰かを愛してくれと。願うふりをし続けていた。
期待してはいけない。
あいつが、……
……>>1が、もうオレを愛していなくても
それはオレのせいなのだから。
オレが招いたことなのだから。期待してはいけない。
確かにオレに向かっていたはずの愛を疑い、あいつを手ひどく裏切り、
向き合おうとしてくれたあいつから逃げて、七年を偽りの祈りの中で過ごしたオレを
まだ、愛してくれているはずがないのだ。
だから期待してはいけない。
443 : ◆hAmnyPalgs[sage]:2008/06/08(日) 03:59:48.10 ID:YIcuRZYo
くふ、と喉が詰まる。呼吸に失敗してしまっていた。
狼狽が隠せない。オレは七年を無為に過ごしたのか?
少なくとも、ガマンは上手になったはずだ。落ち着け。耐えろ。
口元を押さえ、細く緩やかに呼吸を繰り返して精神を落ち着かせる。
大丈夫だ。
オレは、期待する権利なんてない。解っている。
>>1が、今幸せに健やかに暮らしているならそれでいい。
元気でな、と言い残して、
そして少し1人で過ごそう。デンデに気を使わせないように。
地を蹴った。ふわりと体が浮く。手すりを乗り越え、廊下に降り立つ。
目の前には、ドア。
かつてこの向こうで、オレは確かに愛されていた。
451 : ◆hAmnyPalgs[sage]:2008/06/08(日) 04:07:11.86 ID:YIcuRZYo
大丈夫だ。だいじょうぶ、だ。
少し気を抜けば波打ち溢れてしまいそうな気を抑え、ゆっくりと手を持ち上げる。
永久に届かなければ良いと一瞬思ってしまったインターフォンのボタンを押した。
ドアの向こうでチャイムが鳴り響く。
ツ、とこめかみから汗が落ちていく。
返答は、ない。
それだけで目の奥が熱くなっちまいそうだった。
己を落ち着かせながら、気配を探る。
>>1だけでなく、精神や肉体を鍛えていない人間の気は小さすぎて
個人を判別するのは難しいのだが、部屋の中に誰かいるかどうか程度なら解る。
無人だった。
拒絶されたわけではない、まだ。
無意識のうちに胸を押さえていた。
オレは七年間でガマンを覚えたはずが、
弱くなってしまったのかも知れない。
454 : ◆hAmnyPalgs[sage]:2008/06/08(日) 04:09:26.40 ID:YIcuRZYo
ここで待っていれば帰ってくるだろう。
>>1か、それとも
>>1が共に暮らしている誰かが。
判決が先延ばしにされた犯罪者のように、
オレは希望が見えぬ安堵に肩を落とした。
オレは、その場に立ち尽くして、ただ待った。
明るかった空が徐々に朱色に滲み、日が落ちて、星々が輝き出す。
オレは、じっと待っていた。
458 : ◆hAmnyPalgs[sage]:2008/06/08(日) 04:14:17.52 ID:YIcuRZYo
エレベーターが開く音がした。ビクリと体が竦む。
落ち着け。
カツ、カツ、とヒールがコンクリートに響く音。女、か。
真っ直ぐにこちらに向かう足音が、オレに気付いて一瞬止まり、また鳴り出した。
「ちょっと、あなた誰?」
耳に障る甲高い声だった。
ドアを見詰めていた視線を、無理矢理引き剥がす。
見た。
釣りあがった目に、ぽってりとした赤い唇を持った女が
訝しげにオレを見上げている。
「退いてくれる?」
下唇を突き出すように不満そうな顔をしたその女が、
用を為すのか不思議なほど小さな手提げから鍵を取り出し、
オレと、あいつが暮らした部屋への入り口に突き刺した。
462 : ◆hAmnyPalgs[sage]:2008/06/08(日) 04:15:34.23 ID:YIcuRZYo
覚悟はしていたはずだった。
それなのに、この喪失感は何だ。
オレはやはり期待していたというのか。
……浅ましい奴だ。オレは。
468 : ◆hAmnyPalgs[sage]:2008/06/08(日) 04:23:53.38 ID:YIcuRZYo
「すまない」
その場から動かないオレを不審に思ったのか、ドアノブに手を掛けた女が睨みあげて来る。
自分の声が聞いたこともない程ひしゃげていた。
立ち去らなければいけない。
あいつに……
……>>1に会わずに済んで良かったではないか。
オレを忘れて新たな道を歩んでいたあいつに
今更会って困らせずに済んで良かったではないか。
あいつが、今でも、オレを見て何がしかの感慨を持ってくれるとは
……限らないが。
「……あいつは、元気でやっているか」
未練がましい。自分の意思の弱さにへどが出る。
それでも、少しでも、あいつの今に想いを馳せるよすがが欲しかった。
頼りなく揺れる視界の中で、ふと女がわずかに気安げな笑いを浮かべる。
473 : ◆hAmnyPalgs[sage]:2008/06/08(日) 04:31:35.57 ID:YIcuRZYo
「やだ。あいつの知り合いだったの?」
女の赤い唇が笑顔を作り出す。
そうしていれば、そうだな、なかなか愛嬌のある顔立ちをしているようだ。
「それならそうと言ってくれればいいのに。そのうち帰ってくるよ、上がってく?」
女がドアを大きく開いて笑いかけて来る。
見ないようにしよう、と思っていたのに、曝け出されたその部屋の中に視線が吸い寄せられた。
「……いや、これで失礼する」
「遠慮しないで寄ってけばいいのに」
部屋の中は、オレが覚えている様子とは全く違っていた。
女らしい内装に眩暈がした。それはそうだ。七年もあれば。
「そお?」
女がかかとの高い靴を無造作に脱ぎ捨てながら振り返る。
476 : ◆hAmnyPalgs[sage]:2008/06/08(日) 04:35:03.74 ID:YIcuRZYo
一刻も早く立ち去りたかった。
あいつの愛した女を、ねたましく思う前に。
「最近帰り遅いのよねー。今度はもうちょっと遅い時間に来てみて」
「すまない」
短く言い残して、手すりを飛び越えた。
女が驚くような声を上げるのに気付いたが、構わなかった。
1人になりたかった。
あの女は、帰宅したあいつにオレの話をするだろうか。
……あいつは、……>>1は、少しでもオレのことを思い出すだろうか。
480 : ◆hAmnyPalgs[sage]:2008/06/08(日) 04:38:16.02 ID:YIcuRZYo
みっともなく泣くことだけはすまいと、必死に歯を食いしばる。
空を駆けるうちに荒れた感情も少しずつ収まり始めたが、
幾度もぶり返す感情の波の大きさを持て余した。
愛されていた。オレは今も愛している。
ただそれだけだ。それだけなのに何故オレは、
こんなにも打ちのめされているのだろうか。
487 : ◆hAmnyPalgs[sage]:2008/06/08(日) 04:49:17.97 ID:YIcuRZYo
飛び疲れることなんて、これくらいの距離ではありえない。
それなのにオレの体はぐったりとして、息は荒い。
オフィス街らしいビル街の中、ぽっかりと暗く沈んだ空間を見つけた。
公園だ。そこへ降り立つ。時間が遅いからだろうか、ひとけはない。
深い息を繰り返して呼吸を整えながら、涙が溢れるのを防ぐために空を見上げた。
星が瞬いている。
何を悲しんでいるのだろうか。
喜ばしいことじゃないか。あいつは、幸せに暮らしているのだから。
オレを未だに引き摺って一人で生きているのではなかったのだから。
A・それで、良いはずだ。
B・そんなのはきれいごとだ。
C・……自分に嘘はつけない。もう一度、会いたい。
>>490
498 : ◆hAmnyPalgs[sage]:2008/06/08(日) 04:55:59.86 ID:YIcuRZYo
>>490 C・もう一度
……それでも、オレは。
オレは、あいつに、……>>1に会いたい。
あいつにとっては……会わずに済んで良かったのだろう。
新しいパートナーを見つけ、幸せに暮らしているのに今更……
女ですらない
人間ですらない
こんな、オレに会いたくもないだろう。
だが、
オレは?
もう1人の『オレ』に、オレは偉そうになんと言った?
――おまえがどう望むかだ。
オレは、何を望んでいる?
……自分に嘘はつけない。もう一度、会いたい。
503 : ◆hAmnyPalgs[sage]:2008/06/08(日) 05:00:31.10 ID:YIcuRZYo
もう迷いがないと言えば嘘になる。
あいつの気持ちを思えば耐えた方がいいはずだ。
だが、
会いたい。
愛されたいと望むなんて、最早、ばかばかしいことは解っている……
ただ、会いたかった。会いたいんだ。
あのマンションに戻ろう。
かつてオレがあいつと暮らした部屋ではなく、
……今のあいつと、あの女が暮らしている部屋へ。
地面を蹴った。
517 : ◆hAmnyPalgs[sage]:2008/06/08(日) 05:07:45.43 ID:YIcuRZYo
「ピッコロさん?!」
宙に浮かびかけた体がぐらりと揺れる。
聞き間違いようもない。何度も何度も、何度も何度も。
七年間、反芻していた声だった。
「ピッコロさん」
ひく、と喉が震えた。振り向けない。
まだ、
まだ、だ。
まだ心構えが、出来ていない。
「ピッコロさんっすよね?」
公園の地面を駆けて来る足音。
まだ、だ。もう少し待ってくれ、今、今はまだ、
「ピッコロさん!」
マントが引っ張られ、中途半端に浮いていた体が地面に引き戻された。
「俺、のこともう忘れちまったっすか」
そんな訳がない。この七年、オレが誰のことだけ考えて生きていたのか、
この胸を裂いて見せ付けてやりたい。
ああ、だが待ってくれ、もう少しでいいんだ、待ってくれ。
まだ、オレは、
・・・つづく。
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7年越しの再会 Vol.2