281 ◆AC57OO8nhs [sage] Date:2008/12/18(木) 22:43:02.20 ID:r2tYowDO Be:
その日もろくな会話もなく、気づけば日は落ちて辺りは暗く
アトリエの中も、人形師の手元を照らす小さな灯りだけが煌々としていました
「じゃあ、ぼく帰りますね」
「…」
やはり人形師からの返答はありません
本当は返事の一つぐらい聞きたかったのですが
あまり遅くなっては迷惑をかけてしまいます
デンデは暗い道を小走りに急ぎました
忙しさに溢れる職人街を通り、小さな商店街の脇を抜けて、社に帰る
社では、世話なんかをしてくれているポポさんが待っています
「ただいま、ポポさん」
「おかえり 神様 最近元気無い」
「そんなことないですよ?」
そんな些細な会話をして、夜を過ごし、眠る
いたっていつも通りのことです
なのに
なのに、その日の夜は不思議と眠れないのです
どれほどか時間が経っても、まったく眠れず
窓から見える星空が綺麗で、気分転換にと
近くの星の見える丘に出かけることにしました
ポポさんは眠っているので、起こさないようにゆっくりそっと
282 ◆AC57OO8nhs [sage] Date:2008/12/18(木) 22:49:54.67 ID:r2tYowDO Be:
その日は夜空も晴れていて、星がどこまでも綺麗でした
深い紺色の空に、ミルクを散らしたような星空
ぽかりと浮かぶレモン色の月が綺麗に栄えて
「デンデではないですか」
「え?」
声に振り向き見れば、飾りのない黒い外套を羽織った人形師がいました
黒い髪で黒い外套なんか着ているもので、闇夜にとけ込んでいるようにさえ見えました
「お仕事、忙しいんじゃないんですか?」
「息抜きぐらい必要ですよ、オートマタにだって」
301 ◆AC57OO8nhs [sage] Date:2009/01/02(金) 23:56:11.06 ID:MAicXoDO Be:
>>282続き
人形師はそう言うと、静かにデンデの隣に寄り
会話もなく寒空を見上げた
見上げた夜空に浮かぶ冬の星座達はちらちらと煌めき
その真ん中にどっしりと浮かんだ月の明かりだけが辺りを照らしている
街灯なんか無い、静かな闇夜
鼓膜を揺らすのは、優しげな木菟の低い囀りだけ
「…」
「…」
不意に起きた冷たい冬風が、デンデの白い上着を、人形師の黒い外套を、軽く翻し
会話もなく、星空を見上げる二人の間を吹き抜けて消えていった
風が吹こうとも、星々は揺らぐことなく煌めき
月は変わりなく柔らかな明かりを地に降り注いでいる
「デンデ」
不意に名を呼ばれ、人形師の方を向き返事をしようとした一瞬、デンデの視界が夜景ではないものに満たされ
唇に冷たいものが触れた
本当に、一瞬
その刹那の出来事を、デンデが理解するのにはひどく時間がかかった
なにぶん、そんなことをされたのは初めてだったから
しばらくデンデの視線の高さにあった、人形師の無愛想な顔が本来の高さに戻っていった
302 ◆AC57OO8nhs [sage] Date:2009/01/02(金) 23:57:40.17 ID:MAicXoDO Be:
微かに軋む音を立てながら再度星空に目を戻すその横顔を見上げながら
冷たさが触れた場所に指先で触れ
デンデはやっと、自分が人形師にキスされたことを理解した
「…どうして」
呆然と木菟の低い囀りを遠くに聞きながら、やっと出てきた言葉はそれだけだった
いろんな意味のこもった『どうして?』は、人形師にはどう届いたのだろうか
どうしてキスしたんですか?
どうしてぼくなんですか?
どうして黙っているんですか?
どうして、どうして…
だがそれらが『どう届いたか』
それはデンデが解るところではない
「…」
303 ◆AC57OO8nhs [sage] Date:2009/01/03(土) 00:00:39.92 ID:goDCgIDO Be:
「したかったからですよ」
人形師の答えは、それだけ
そしてすぐさまその答えは闇夜に溶けてしまったかのように、辺りを静けさが支配した
木菟の鳴き声も、聞こえない
この寒空の下にあるのは、耳が痛いほどの無音と
月明かりに照らされた二人とその影法師だけ
「さて、私は帰ります。明日までに仕上げねばならないのが2体もある」
「…」
「では、風邪を引かないようにお気をつけください」
人形師はそれだけ言うと、着ていた黒い外套を脱ぎ
デンデに掛けて、星見える丘から静かに姿を消した
遠ざかって行く、臙脂のベストの背中を眺めながら
デンデはキスの意味を必死に模索していた
星月を浮かべ空を満たす夜の闇は
ポプラの木に留まった木菟の羽よりも、デンデを包む人形師の外套よりも
何よりも深い黒で
デンデは社に帰ってからも窓から深い黒を見上げながら、キスの意味を探していた。
夢に落ちてからも、ずっと
おしまい