4年後の冬のある日

132 ◆AC57OO8nhs [sage] Date:2008/12/06(土) 21:18:47.36 ID:nc1CFEDO Be:


いつも通りの冬の日

街には軽快なクリスマスソングが響き、ショーウィンドーには赤と緑が溢れ
晴れ渡る青空は硝子細工にも似て、冬特有のどこまでも透けるような青を見せてくれる

晴れていれば、冬の日も悪くはない
しかし寒い、機械だって寒いものは寒い
息を吐けばそれは白く染まり、ぼんやりと空気に溶けて消える
それくらい寒い

道行く人は寒そうに背を丸め、白い息を吐きながらそれぞれの道を足早に急いで過ぎて行く
行く人帰る人、皆それぞれの道を

空が綺麗なのは良いが、寒いのは得意じゃない
コートの襟を寄せ、私も冷えた空気の中帰り道を急ぐことにした

歩き慣れた道
さすがの私とて、もう何年も繰り返し歩いた研究所から自室への道は、よほどのことがない限り迷うことはない
そう遠くない距離だということもあるが

「ただいま…」

灰色の味気ないマンション、よくある模様の重たい玄関ドアを開け、ほぼ無意識に呟くそれは
誰に告げたわけでもない帰宅の言葉
もう何年もこの部屋では返しの言葉など聞いてもいないし期待してもいない
誰もいない部屋なのだから当たり前ではありますが


135 ◆AC57OO8nhs [sage] Date:2008/12/06(土) 21:34:52.13 ID:nc1CFEDO Be:

だが

「おかえりなさい」

「…」

返ってきた言葉に聴覚センサーを疑った
ありえない
まさか幻聴?

昨日月1の精密検査を受けてきたばかりなのにな…
あまりの自身のポンコツぶりにため息を吐きながら部屋に上がる
明日、また再検査か…

しかし、玄関からの戸を押しあけた瞬間、私はまた自身を疑わずにはいられなかった
ドアを開いた先
部屋の中に、にこりと慈悲深い笑みを浮かべて神様がいた

「…」

「おかえりなさい、679さん」

「…」

いや、おかしい
多忙な神様がこんなところにいるワケないがだろう
計算…するまでもない、幻覚か…

聴覚センサーに続き視覚カメラまで不調だとは
どうしたものか
ため息をつきながら、脱いだコートを壁のコート掛けに預けた

「679さん、お疲れですか?」

「…」

幻覚が心配そうに話しかけてくる


136 ◆AC57OO8nhs [sage] Date:2008/12/06(土) 21:41:32.35 ID:nc1CFEDO Be:
しかし、幻覚幻聴とは言え
濡れた若葉のように鮮やかな緑の肌も、寒空の下のナナカマドの実のように赤い瞳も、優しく愛おしい声も
何もかも、愛する神様と同じ

「…」

「…679さん?」

手のひらで鮮やかな頬に触れてみるが、弾力と張りのある瑞々しい肌も神様と何ら変わりなかった

あまりに何も変わらないから
きょとんと不思議そうに私を見ているその存在が、幻覚なのか本物なのかどうでもよくなってくる

「手、冷たいですねー。外そんなに寒いですか?」

「…神様」

「なんですか?」

律儀に返事をする幻覚の神様を胸に抱きしめた
普段はおそれ多くてそうそうしないが、幻覚相手だと思えばおそれるものなど何もありはしない

「…」


137 ◆AC57OO8nhs [sage] Date:2008/12/06(土) 22:07:30.58 ID:nc1CFEDO Be:

そこには温もりがあった

厚みがあった

安心感があった

抱きしめたまま眼を閉ざし、神様を想う

神様は四年前に比べても本当に美しくなられた
四年前にはただただ愛らしくて仕方がなかったのに、今はその愛らしさにえもいえぬ妖艶な美しさまで兼ね備えて

あの頃には『これ以上』など無いと思えるほど愛しかったのに、今はそれ以上に愛おしい

私のような
人にもなれず完璧な機械でさえいられない中途半端な存在が、ここまで激しく愛しても良いものか心配になるほどに
愛おしい。狂おしい。

「すき…神様、愛しています」

「…」

「すき、すき…」

神様が真っ紫になって逃げるから、普段改めて口にすることも減ってきている愛の感情を
吐き出すように、抱きしめた幻覚の神様に囁いた
何度も、何度も
確認するように、何度も


138 ◆AC57OO8nhs [sage] Date:2008/12/06(土) 22:11:02.40 ID:nc1CFEDO Be:
ふと、胸の中抱き締めらた神様が少しうつむき、頬をほんのりと藤色に染めて小さく頷いてみせた


その些細な仕草に、私は私の中で何かががらがらと音を立てて解けて崩れてゆくのを感じ
崩れ出した私の中の何かから、押し込めていた様々な負の感情が溢れだす

まるでそれはパンドラの壷

もう、止まらない
止まれない

「神様…私は後悔している。あの日からずっと、後悔と自責から逃れることができない」
「たった天井一枚の上にあなたがいた。なのにあの日私はそれに気がつけなかった」

「…」

腕の中、私に抱きしめられたまま幻覚の神様は何も言わない
ずっと俯いたまま、黙っている
話を聞いているのか、聞いていないのかも分からない
解るのは、腕の中に温もりが確かに存在していることだけ

「何故?私は、私にはあなたを感知することが可能なセンサーも付いていた。なのに何故気がつけなかった?」
「あと十分でも、二十分でも早く気が付くことができたなら…あなたはああまで深く傷つかなかったかも知れない」

「…」

どういうわけか視界が滲み靄がかかる
レンズは汚れていないはずなのに洗浄液が溢れだして、もはや私のアイカメラは正確な像を映してはいない


140 ◆AC57OO8nhs [sage] Date:2008/12/06(土) 22:30:54.58 ID:nc1CFEDO Be:

抱きしめた腕の中で、幻覚の神様が震えているのを感じた
小さく震え、たまにしゃくるような呼吸が聞こえる
泣いているのだろうか。私が泣かせたのだろうか
解る由もない
ただ私は抑えられない言葉を続けた
未だ悔やみ続ける過去の自責を汚く吐き出し続けた

「直線距離にしたら5mも離れてはいなかったはず。なのに私は助けるどころか気が付きもしなかった。」
「愛しい人の一人も守れなかった。私は…私は…役立たずだ。ポンコツだ。ガラクタだ。鉄クズだ。」

「…っ、ひ、っく」

幻覚の神様から、嗚咽が漏れ出しはじめた

抱きしめた私の腕を掴む手のひらも、指も
小刻みに震える肩も、ふるふると揺れる細い触覚も、徐々に元気を失いしなだれる長い耳も
とにかく、神様の全てが
愛おしくて、大切で
その身体を抱き締めて温もりを知れば知るほど、守れなかったことが悔しくてたまらなくなる


141 ◆AC57OO8nhs [sage] Date:2008/12/06(土) 22:41:46.34 ID:nc1CFEDO Be:
「私は今でも、あの日、あの部屋に飛び込んだ瞬間の光景を忘れることができない。散らかった部屋の細部までをも」
「あの部屋の中私は無力で、何もできなかった。無力であることは罪なのだと思い知った。」

「ごめ…なさっ…ぃ」

「こんなに愛おしいのに、私は何もできなかった!!何も!」

震える声で謝ってくる幻覚の神様をきつく抱き締め、思わず語気が荒くなる
世界はもう見えない

滲んで歪んで靄がかって、幻覚どころか正しい世界も見えない
ロールシャッハテストのように、洗浄液でぐにゃりと歪んだ色だけの世界が私の目にあった

過剰分泌されるレンズの洗浄液が止まることもなく、ただ頬を流れ落ちて行く

「こんなに…愛しいのに…」

「ぼくも…、ぅ、後悔…して、るんです…。ずっと」

後悔を言葉に紡ぎ出す神様を、力加減なんか考えることも忘れてただきつく抱き締めた

ただ愛しくて、悲しくて、切なくて
抱き締めずにはいられなかったから


142 ◆AC57OO8nhs [sage] Date:2008/12/06(土) 22:45:52.12 ID:nc1CFEDO Be:

「ぼくが、っ、…知らない人に付いていったりしたからっ、あんなことに…ぅ」
「ぼくが浅はかな行動を…っしなかったら、あんなことには…ならなかった……」

「神様…」

私は…腕の中震える存在が幻覚ではないことを、最初から気づいていたのかも知れない
意識の深層で幻覚だと自分に言い聞かせ、弱音を吐くための言い訳にしていたのだ。
おそらく

それが情けなくて、申し訳なくて、歪んだまま治らない世界の中を手探りで、神様のその頭を撫でた
腕の中で震える神様は、四年前と何も変わらない。
背丈なんかは成長したかも知れないが、何も変わらない。

「679さんと、も…二度と会えないと思って…あの四年間っ…679さんを忘れようと、ずっと、思ってた。」
「でも忘れられるわけ…っく、…なかったんです……」
「指輪を隠しても、鍵を隠しても、…ぅ、ひっ…く、…忘れられるわけ…」

「…神様。私を…忘れないでくださって、ありがとうござい…」

「違うんです!679さんが…679さんが記憶を失ったのはぼくのせいで、だからっ、ぼくのせいなんだから…、忘れて良いわけがなかったんです」


160 ◆AC57OO8nhs [sage] Date:2008/12/08(月) 23:06:24.08 ID:4JiJDsDO Be:
感極まってきたのか、神様の声が泣いて震えているにも関わらず、大になる

「…」

一体私たちは何をしているのだろうか
互いに過去を悔やんで自責して、泣いて

後悔や自責なんてものは無益なことだと解っている
そこから反省を生み出さなければ意味のないことだと知っている

なのに、止まらない
神様も、私も

「身体を犯されたことよりもっ…、679さんが、存在しないんだと理解することが苦しかった!怖かったっ!…ぅ、だから…」
「忘れたかったっ…、いないって理解する前に…忘れてしまいたかったんです…」

私は泣いた

神様は泣いた

ただただ殺風景な部屋の中、二人抱き締めあい
天気も、時間も、何も気にすることなく、幼子のようにただ泣いた

涙を拭うこともなく

なりふり構うこともなく

洗浄液をナミダとして流せば流した分だけ
後悔や自責が流した液体に溶けて身体から出て行くような気がしたけれども
無論、どんなに涙流しても完璧に後悔が消える事はないのだろう


161 ◆AC57OO8nhs [sage] Date:2008/12/08(月) 23:07:34.81 ID:4JiJDsDO Be:
だが
機械の私がこんなことを考え思うのは変なのかも知れないが
この時、少しだけ過去の二人に近づけた気がした。
神様も、私も幼かった
ただ愛に真っ直ぐだった過去の日々


四年の歳月の中
私たちは何を学び、何を無くしただろうか
どこが変わり、どこが変わらないだろうか

また、あの頃のようにただ真っ直ぐに互いに向き合う事は可能だろうか

それらは、きっとこれからまた時間をかけてゆっくり知るべきことなのだろう

涙が乾いたら、とりあえずあなたの笑顔を見ることから始めよう。



おしまい

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