前スレ:
〜〜調律師と庭師の恋〜〜 12,心の凪155 ◆PICorehgzw [sage] Date:2008/10/18(土) 11:45:16.28 ID:U4sCDXAo Be:
〜〜調律師と庭師〜〜
少し季節を遡り、まだ夏の日差しが眩しい時節。
調律師は汗の一滴も肌に乗せず、悟飯の屋敷へと向かっていた。
その足の運びはゆったりとしたものだったが、
歩調は早い。
秀でた足の長さが可能にするその歩みで門を潜る。
前庭に視線を巡らせることはもはや習慣になっている。
庭師の姿がないか探すだけではない、
庭師が丹精籠めて手を入れている庭の美しさを楽しむのだ。
ピッコロ「……美しいな」
密やかに呟き、ゆっくりと再び歩みだす。
この屋敷のテラスで蘇った悪夢はまだ記憶に新しいが、
それで庭の美しさを喜ぶ気持ちを損なうほどに
ピッコロは、弱くはない。
161 ◆PICorehgzw [sage] Date:2008/10/18(土) 12:03:04.43 ID:U4sCDXAo Be:
調律師の手にはいつもの道具の詰まった鞄だけではなく、
大事そうに書類袋が抱かれていた。
ぴしりと背筋を伸ばし、まっすぐに屋敷へと向かう。
庭師の姿は見つからなかったが、
美しく整えられた庭は調律師に勇気を与えてくれたようだ。
足取りはいっそうしっかりとしたものになる。
悟飯に申し訳ない、とピッコロは思っていた。
だが、自分が申し訳なさに縮こまり、何度も頭を下げることを
優しい元教え子は望んでいないと、
解っていた。
だからこそ調律師は堂々とした足取りで悟飯に会いにゆく。
163 ◆PICorehgzw [sage] Date:2008/10/18(土) 12:24:38.05 ID:U4sCDXAo Be:
悟飯「ありがとうございます!本当に、助かりました」
書類に目を通し終わった悟飯が、心底嬉しいといった表情を調律師に向ける。
オレに言う言葉ではない、オレはお前に謝罪しなければいけないのだ。
そう言いたくなる感情を抑え、調律師はただ僅かな笑みを浮かべて頷いた。
悟飯に手渡した書類は、調律師の顧客の富豪が、
突然共同事業を白紙に戻すと宣言したあの男に代わって、
悟飯と共に行動を起こしてくれると約束するものだ。
申し訳なさに押し潰されそうになりながらも、
その気配は見せずに奔走し、調律師はとうとう見つけ出した。
ピッコロ「……うまくいきそうか」
悟飯「ええ!!もちろんです。……ありがとうございました!!」
美しい礼を寄越す弟子に、複雑な表情を瞳にだけ滲ませ、
調律師は首を振った。
167 ◆PICorehgzw [sage] Date:2008/10/18(土) 12:44:52.17 ID:U4sCDXAo Be:
悟飯の屋敷のピアノに手を入れ、暫しのひと時を共にし、
やがて屋敷を辞す際に。
ピッコロ「………、精が、出るな」
俺「!調律の、せんせい」
ピッコロ「フ」
前庭で作業をしている丸い後姿を見つけ、
調律師は一瞬の迷いの後、近づいて声をかけた。
予想していた通りに面食らった表情を見せる庭師に、
調律師はかすかな笑いを漏らす。
悟飯の前で見せたつくり笑いとは違う、自然なそれ。
ピッコロ「草取りか?」
俺「は、はい、…芝生の根が傷むんでがす、別の草が、絡みつくと」
ピッコロ「細かい作業だな」
日に焼けた汚い指が、調律師の透明なまなざしを受け、
まごまごと動きをぎこちないものに変えていく。
169 ◆PICorehgzw [sage] Date:2008/10/18(土) 12:59:50.69 ID:U4sCDXAo Be:
ピッコロ「庭の、花が…、もうすぐ終わりそうだ」
俺「は、はい。…た、種の処理に、…いくでがす」
ピッコロ「…すまんな」
ぎこちなく動く庭師の指を、調律師も庭師もじっと見詰めていた。
庭師ののどに、言葉がつかえている。
―次は、どんな花が良いでがすか―
そう言いさえすれば、今の花が終わっても、
まだ調律師の家に通うことができる、きっと。
だが、庭師は、おこがましいという思いに勝てなかった。
調律師も、もう少しで言葉に出来るところだった。
―秋は、どんな花が美しいのだ―
だが、謝礼を払っていない己からその言葉を言い出すことが出来ない。
やがて沈黙を終わらせ、調律師が別れの言葉を告げるまで、
二人はただじっと黙っていた。
さんさんと夏の終わりの日差しが降り注いでいる。
つづく!