〜〜調律師と庭師の恋〜〜 11,バラの香り

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526 ◆PICorehgzw [sage] Date:2008/10/07(火) 22:01:48.16 ID:Adu2I0Mo Be:
〜〜調律師と庭師〜〜


それは手ひどい裏切りだった。
だがピッコロは何度も何度もこう繰り返し、
その出来事を忘れようとしていた。

ピアノを弾く指が足りないことに比べれば、
どんな苦難も大したことではない、と。

だがその出来事は確かにピッコロの心にヒビを入れている。
少しでも衝撃を加えられればその傷が痛んで、
思い出したくなくとも記憶が蘇ってくる。


町は雪で覆われ、しいんと静かな夜更けのことだった。

527 ◆PICorehgzw [sage] Date:2008/10/07(火) 22:06:50.73 ID:Adu2I0Mo Be:


粗末なソファの肘置きに崩れ落ちたピッコロは、
霞む視界を何度も瞬かせて恋人の表情をこの目に確かめようとした。

その眼差しから逃れるように、恋人は顔を背けて身を震わせる。

「……  」

恋人の名を呼ぼうと開いた口が、震え、ひゅうと息を詰める。
ドアを開け、見知らぬ男達が部屋に入って来たのだ。
二人、三人、   五人。

「何 … 」
「ごめん」

震える恋人の肩をなれなれしく抱いて、見知らぬ男達の1人が笑った。

「首尾よく出来たじゃねーか、ウスノロの割りにはさァ」


531 ◆PICorehgzw [sage] Date:2008/10/07(火) 22:31:15.30 ID:Adu2I0Mo Be:

プライドを土足で踏みにじられ、磨り潰されるような時間だった。
ピッコロの心根が人より弱いという訳ではない。
だが、どんなに強い人間でも、
己に対して、愛情どころか、性的魅力すら感じない男どもに、
ただただ面白半分に陵辱されれば心などこなごなになってしまうだろう。


全てが終わった後、瑞々しい緑の肌も、
のどの奥も舌も、体中のどこをもかしこをも汚されたピッコロを抱いて
恋人は泣いた。

こんなことまでされるなんて思わなかった、
と泣きじゃくる男の腕を払う力もない。

昔からの友人に無理矢理賭博に参加させられ、
断りきれずに付き合ううちに
とても返しきれない額にまで借金が膨らんでいたこと。

田舎に残して来た病気の母にまで取り立てられては母がどうなるかと思うと、
立て替えてやる代わりにと友人が持ち出したこの話に乗るしかなかったということ。

彼の方では、恋人を友人だとは思っていなかったのであろうが。


532 ◆PICorehgzw [sage] Date:2008/10/07(火) 22:32:13.37 ID:Adu2I0Mo Be:




気の弱い恋人だった。
流されやすく、頼りない男だった。
だがピッコロは、朦朧とした意識の中、
それでも許してやろうと思っていた。

性別のない己の身を好き勝手にもてあそばれるだけで、
愛した男が背負う借金が消えるのならばと。
意思の弱い、そんな男を愛したのは自分なのだから、と。


537 ◆PICorehgzw [sage] Date:2008/10/07(火) 22:44:10.85 ID:Adu2I0Mo Be:
名を呼ぼうとした、抱き返そうとした。
だがその力も残っておらず、ピッコロはただ、少しだけ、笑おうとした。
泣き続ける恋人に、大丈夫だと示す為に。

だがその笑みが、強張る。

「ごめん。……ほんとうにごめん、初めてだったのに」
「    …こんなことなら、さっさと君とヤッておけば、良かった」


気の小ささや意思の弱さは、許せた。
己の身を売るようなマネをしたことも、弱さゆえと思えば、
許せると思った。

だがどうしてだか、その言葉は許せなかったのだ。
ピッコロの心が硬く硬く萎縮していった。


その後、その男がどこで何をしているのか、ピッコロは知らない。


541 ◆PICorehgzw [sage] Date:2008/10/07(火) 22:53:19.63 ID:Adu2I0Mo Be:

その町の、余り評判のよくない連中の間に、嫌なウワサが立つ。
教会の指の足りないピアノ弾きは、具合が良いと。

嫌な思いを何度もするようになり、
ピッコロは逃げるようにその町から越した。
だが、そういった連中の間で流れるうわさは社交界と同じ程度に根強く広く、
逃れ逃れしているうちに、今、暮らしている町へと辿り付いたのだ。

悟飯の父親と出会い、悟飯と出会い、安らぎを覚え、
調律を専門に行うようになり、悟飯たちに紹介される形で
社交界に顔を出すようになると客もつき、暮らしも安定した。


ようやく手に入れた安寧だった。
これで完全に忘れられる、と、思っていたのに。


545 ◆PICorehgzw [sage] Date:2008/10/07(火) 22:59:16.79 ID:Adu2I0Mo Be:

胸が重過ぎて溜息すら出なくなる。
ピッコロは破り捨てたい気持ちを耐えて便箋をたたみ、
元通り封筒に閉まった。

己のうわさを言いふらされる程度なら、良い。
自分のことならば耐えられる。
ただ悟飯の仕事に悪い影響を与えてしまったとしたら。

視界にそれを入れたくないとばかりに、テーブルの隅に封筒を押し遣った。


A・一度だけ招待を受ける
B・悟飯に謝った上で招待を断る
C・引っ越す


550 ◆PICorehgzw [sage] Date:2008/10/07(火) 23:15:28.45 ID:Adu2I0Mo Be:
>>547 B・悟飯に謝った上で招待を断る


気鬱そうな表情で、彼からの招待を断りたいのだが、と
切り出す調律師を驚いたように見て、それから元教え子は笑った。

悟飯「なんだ。そんな顔してるから、よっぽど大変なお話かと思ったじゃないですか」
ピッコロ「お前に縁あるものとして、…大切な仕事相手なのに、」
ピッコロ「義理をかくようなまねをして、すまない」
悟飯「大丈夫ですよ、それくらい。ピッコロさんは気にしすぎなんだから」

軽く笑う悟飯に、釣られて少し笑みを浮かべかけるが、
だが、ピッコロは、悟飯に本当のところを話してはいない。
あの男が自分に対して、恐らく求めているであろうこと。
断った腹いせに、悟飯の仕事に害なされなければ良いが、と
心配は収まらないが、どうしてもそのことについては話せなかった。

ピッコロ「すまない…。相手の機嫌が悪くなったら、…」
悟飯「大丈夫ですよ、あちらも子どもじゃないんだから」


552 ◆PICorehgzw [sage] Date:2008/10/07(火) 23:23:43.75 ID:Adu2I0Mo Be:
不安がる調律師を何度も根気強く悟飯は励ましてくれる。
辞す頃には調律師の気持ちも大分と晴れていた。

ピッコロ「すまない、次は手土産でも持ってくる」
悟飯「気にしないでくださいってば。またいつでもいらしてくださいね」

美しい緑に紅葉が混じり始めていた。
前庭を歩きながら、ふと視線で庭師を探す。
だがその姿はない。中庭か裏庭の方へ回っているのだろうか。

ほんの少しの寂しさを覚えながらも、
ピッコロは帰途についた。


帰り着いた自宅。
テーブルの上に放置していた白い封筒を
引き出しの中に放り込んで、ぱたんと音を立てて閉める。
昨夜は触れる気にならなかったピアノを弾いてみたくなった。


554 ◆PICorehgzw [sage] Date:2008/10/07(火) 23:30:18.96 ID:Adu2I0Mo Be:
ピアノの蓋を持ち上げ、指に柔らかく当たる鍵盤カバーをたたむ。
椅子に腰を下ろし、ふとピッコロは瞬いた。
心をやわらげるような甘い香り。
視線を逸らせばそこに、白いばらが花瓶に生けられている。

昨夜、鬱々とした気持ちの中では楽しめなかった香りが、
今は心を慰めるようだ。

少しばかり表情を和らげ、調律師は鍵盤に指を乗せる。
足りない指が、軽やかに動き出した。


紡ぎ出される旋律は、いつか庭師が好きだと言った曲だった。



                        つづく!

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