410 ◆PICorehgzw [sage] Date:2008/10/06(月) 23:33:17.87 ID:0nLvpL.o Be:
〜〜調律師と庭師〜〜
前回のおはなし
〜〜調律師と庭師の恋〜〜 10,悪夢 穏やかな元教え子は、己の尊敬する相手が、
封筒を受け取る指先に滲ませたためらいに気付きはしなかった。
悟飯の屋敷を早々に辞し、調律師は足早に門を出る。
テラスの暗がりで掘り起こされた、忌まわしい記憶が脳裏をよぎる。
俺「先生!」
ピッコロ「 ……、 ああ」
記憶を背後に置き去りにしたいとばかりに足を早める調律師の、
背後から聞き覚えのある声が掛けられた。
一拍置いてから、歩みを止める。
振り返った調律師を見て、はにかむようなうれしげな顔をしていた庭師が、
表情を僅かに顰めた。
俺「どうかしたとですか、せんせい」
ピッコロ「…何がだ」
俺「顔色が悪いでがす」
412 ◆PICorehgzw [sage] Date:2008/10/06(月) 23:42:26.58 ID:0nLvpL.o Be:
ピッコロ「……気のせい、だろう」
調律師は何気なく返し、それからほんの僅かにこわばった表情のまま、
口元に滲むような笑みを浮かべようとした。だが出来なかった。
庭師は訝しげにそんなピッコロを見上げていたが、
気を取り直したように口を開く。
俺「先生、夜会はどうでがした」
ピッコロ「 ああ、つつがなく」
俺「あ、 その」
ピッコロ「うつくしいばらだった」
俺「! 」
ピッコロ「あれなら見せびらかしたくなる悟飯の気持ちも解るな」
微かに硬かった調律師の声音に、穏やかさが戻る。
優しく語られた言葉に庭師は嬉しそうに日焼けした耳を熱くしながら俯く。
おもはゆいほどの喜びが庭師の胸を満たす。
俺「あ、あの、先生、これ」
419 ◆PICorehgzw [sage] Date:2008/10/06(月) 23:59:34.73 ID:0nLvpL.o Be:
後ろ手に隠し持っていた、ほんわりとした桃を孕んだ白いばらの小束を差し出す庭師。
ピッコロは僅かに目を見開き、オレへか、と問う。
こくこくと頷く庭師の必死な仕草に、今度は自然な笑みをうっすらと口端にのせ、
緑色の美しい手がばらの花束を受け取る。
僅かなためらいも怯えもなく、くすぐったいような悪くない気分と共に。
ピッコロ「良いのか」
俺「せ、先生に良く似合うと思ったでがす」
ピッコロ「オレに?……おかしなことを言うやつだな」
そう言って微かに首を傾げる調律師を、
盗み見るように見上げた庭師。
衣類が入っているのであろう包みを片手に、
庭師が慌てて切った花束を顔に寄せ
やわらいだ表情を見せるそのひと。
422 ◆PICorehgzw [sage] Date:2008/10/07(火) 00:17:12.43 ID:Adu2I0Mo Be:
ピッコロ「……だが、うれしく思うぞ」
俺「ほ、ほんとうでがすか」
ピッコロ「ああ…ありがとう」
俺「いつ、…いつも、いつものお礼でがす」
ピッコロ「お礼?」
俺「俺が行くたんびに、麦茶ば入れてくださる」
照れ隠しのように、頭をすっぽり覆う帽子のツバを
ぐいぐいと押し下げながら庭師が言う。
ピッコロ「本当にお前は、おかしなやつだな。」
ピッコロ「花の世話の礼の礼に花をもらってしまった」
ピッコロは楽しそうにばらの香りに目を細め、
それからもう一度庭師を見る。
こっそり盗み見ていたうつくしい人と視線がかちあってしまい、
庭師はまた慌てたように帽子のつばで目を隠した。
424 ◆PICorehgzw [sage] Date:2008/10/07(火) 00:36:38.78 ID:Adu2I0Mo Be:
1人、己の自宅で封筒の封を切る。
悟飯の家の紋が記された封筒。昨夜に紙を借りて走り書きしたのだろう。
波打って並べられているどっしりとした字を読み進むにつれ、
調律師は表情を曇らせてゆく。
断りたいのならばいくらでも断れる、ただの招待状だ。
だが、あの男は悟飯の事業上のパートナーであったため、
元教え子のことを思うと無碍に断るのもはばかられる。
ピッコロ「……あのことを知るヤツに、会うとは」
苦しげな独白だった。
思い出したくもない、胸のはるか奥底に埋めて目を背けていた思い出。
かつてピッコロには愛した男がいた。
426 ◆PICorehgzw [sage] Date:2008/10/07(火) 00:39:43.64 ID:Adu2I0Mo Be:
A・思い出kwsk
B・そうでもなくていい
433 ◆PICorehgzw [sage] Date:2008/10/07(火) 00:53:57.17 ID:Adu2I0Mo Be:
>>428 A・kwsk?
ここと同じほどに栄えた、遠い遠い遠い町で
ピッコロは教会を借りて子ども達にピアノを教えていた。
指が足りぬピッコロにピアノなんて教えられないだろうと
大人たちは猜疑の目で見ていた。
ピッコロの見目姿が自分たちと異様に違うせいもあっただろう。
だが、楽しそうに教会に通う子どもたちを見るうちにわだかまりも溶け、
大人になってしまってからの趣味のひとつとして
ピッコロの元に通いピアノを楽しむものも出てきた。
彼は、そんな中の1人だった。
貧しかった幼い頃憧れていたピアノという楽器に、
成長してから漸く触れることの出来たその男は、
本当に幸せそうに鍵盤を叩き、
楽しそうに音に耳を傾けていた。
436 ◆PICorehgzw [sage] Date:2008/10/07(火) 01:11:58.76 ID:Adu2I0Mo Be:
幼い頃よりはいくらか楽になったものの、
男の暮らしは未だ裕福とは言いがたかった。
優しいがひどく気が弱く、誰かに強く言われれば断れない頼りない性格。
容貌も美しいとは言いがたいだろう。
だが、その男はピアノを愛するように、ピッコロを愛した。
熱心に情熱的に、というよりは嬉しげに柔らかな眼差しで。
ピッコロは気付かなかった。
だが、男の眼差しはいつのまにか柔らかく薄く薄くピッコロを包んでおり、
ピッコロがようやくその感覚に気付いた時には、
幾重にも重ねられた男の力弱い愛情は
知らぬふりで破ることも出来ない程に厚くなっていた。
そして二人は、ゆっくりと愛を紡ぎ始める。
438 ◆PICorehgzw [sage] Date:2008/10/07(火) 01:18:21.29 ID:Adu2I0Mo Be:
「……すまない、 少し、 …調子が…、」
それは、二人が恋人となって随分と経ったある日、
しんと凍える寒い夜更けのことだった。
いつものように男の家に招かれたピッコロは、
ほどなくして己の体に異変を感じる。
身が重く、頭はぼうっとしてはっきりしない。
ぐらぐらと視界がゆれ、ソファの肘おきにもたれるようにしてあがいた。
「…ピッコロ」
男の声はぶるぶると震えていた。
怯えているような、罪悪感に締め付けられているような。
440 ◆PICorehgzw [sage] Date:2008/10/07(火) 01:30:46.10 ID:Adu2I0Mo Be:
その声にピッコロの耳がひくんと震える。
そう言えば、男は今日は最初から何か様子がおかしかった。
だが、…そう、つい先日に婚約を交わしたばかりだということを
意識しすぎているのではないかと思い、
ピッコロは怪訝に思いはしなかったのだ。
そう、むしろ、そんな気の小さな相手をかわいらしいとすら思っていた。
恋人が、掠れた声で呟いた。
この体のだるさは、己の恋人が引き起こしたものなのか、と、
ピッコロはまさかという思いに囚われる。
ありえない話だった。
思い、そして思われていたはずだった。
だが確かに、ピッコロに敏感な耳に、
恋人の口から放たれた声が届いてしまった。
――ごめん、と。
つづく!