セルさんに会いたい。
少し強めの色のルージュを、紅筆で唇に塗り直しながら
私はそれしか考えられずにいた。
崩れた化粧を直しても直しても、
キレイに戻った顔を今日はセルさんには見てもらえないのだ。
そう思うと筆を動かす手つきも精彩を欠いてしまう。
物心ついた時には、母の化粧道具をこっそり弄るのが何よりの喜びだった。
母の余所行きの服をぶかぶかに着こなして、
見よう見真似で顔に色を塗りつけて、
そして鏡の中の自分に見とれるような子どもだった。
初めてメイク道具を手にした時から、
私は自分がきれいになるためだけにメイクをしていた。
自分のためだけ。誰に見せるためでもなく。
64 ◆PICorehgzw [sage] Date:2008/09/15(月) 01:11:01.84 ID:glxGVCIo Be:
だけど、あの日。
―キレイだよ―
あの一言が私の意識を変えた。
自分の好みのメイクではなく、あの人の目を惹くことができるメイクを。
私の着たいドレスではなく、あの人が褒めてくれるようなドレスを。
それなのに今日、セルさんはいない。
セルさんのためだけに装うようになってしまった私の、
存在価値がない。
「……はあ」
「レオナちゃぁん、どおしたのよ〜。今日暗いわよ〜」
「ううん、なんでもないの」
ヒゲ美の太い腕に背後からギューっと抱き締められて、
慌てて笑いを作って振り返る。
レオナの姿でいると自然と女声を作ろうと声帯がキュッと引き締まる。
69 ◆PICorehgzw [sage] Date:2008/09/15(月) 01:28:45.32 ID:glxGVCIo Be:
〜全体的に野太い感じで再生してください〜
ヒゲ美「レオナちゃんは数少ないこのお店のキレイどころなんだからぁ」
レオナ「やあだーヒゲ美ちゃんたら」
ヒゲ美「ニコニコキレイでいてくれないとぉ」
レオナ「はぁい。解ってるわよ〜」
ヒゲ美「……あのさあ、あの人のこと?」
レオナ「どきーん!」
ヒゲ美「セルさんだっけ」
レオナ「ああんっ名前までステキっ!!聞いただけでときめいちゃう!!!」
ヒゲ美「わかりやすい子…!」
レオナ「やっぱり解っちゃう…?私、恋しちゃってるの」
ヒゲ美「だから最近オハダつるぴかなのねぇ〜!!!注射しなくてもホルモン出ちゃってるってかんじ〜?」
レオナ「きゃっ。もうセルさんのこと考えるだけでジュンジュンしてきちゃうの!」
71 ◆PICorehgzw [sage] Date:2008/09/15(月) 01:32:15.72 ID:glxGVCIo Be:
ヒゲ美「わかるわぁわかるわぁ、恋ってそぉよね〜」
レオナ「そぉなのよ…だけど失恋確定なの…グスン」
ヒゲ美「え、どうしてどうして?」
レオナ「深入りするなー、みたいに釘刺されちゃった…こんなに惚れさせておいて罪なお人ッ」
ヒゲ美「そっかあ……レオナちゃんくらいキレイでもだめなのねえ」
レオナ「だからレオナ今日はブルーなのよぉ…」
ママ「ほらほら、メイク直しにどんだけ時間かけてるのよ〜」
ママ「レオナちゃんほらちゃっちゃと媚売って!ヒゲ美は笑いを取って!」
レオナ「はぁ〜い」
ヒゲ美「任せてン」
73 ◆PICorehgzw [sage] Date:2008/09/15(月) 01:39:04.95 ID:glxGVCIo Be:
セルさんのことを誰かに聞いてもらえると、
少しだけラクになった。
だけどサクッと忘れられるわけもない。
「あれぇ?レオナちゃん今日は男装しないで帰るの?」
「やーだwwwwww うん、ちょっと気分転換にね」
「その調子よぉ〜、立派なオカマになりなさい!」
ヒゲ美の笑い声を背中に、灯りの沈んだ店を出る。
ときどき、自分の楽しみのためだけに
レオナになって知り合いのいなさそうな町を歩くことはあったけれど、
基本的には店の外では>>531の姿に戻る。
知り合いにバレるのが怖いということもあるし、
それに私は解っているからだ、
私は別に、キレイじゃない。
76 ◆PICorehgzw [sage] Date:2008/09/15(月) 01:44:56.25 ID:glxGVCIo Be:
確かに。
私はまだ若いし、ひどくエラが出てるわけでも、不恰好なほどハナが大きいわけでもない。
ガタイがいい方でもないし、まぶただって腫れぼったくない。
だけど、キレイな顔をしているわけじゃない。
自然にしていて女に見えるような顔じゃない。
メイクで塗り固めたって、違和感のある奇妙な顔立ちだ。
それでも私は、>>531でいるより私でいるほうが好きだ。
自分が男だということは解っている。女になりたいわけでも、男が好きなわけでもない。
ただ、この姿でいるのが好きなだけ。
多分こういうのを変態だって言うんだろう。
だけど私は、それでいい。
あの人はキレイだって言ってくれた。
あの人はこんな私を気持ち悪がらないでいてくれた。
だからいいのだと思う。
78 ◆PICorehgzw [sage] Date:2008/09/15(月) 01:52:58.30 ID:glxGVCIo Be:
セルさんのらーめん屋。
きっちりと閉められた扉の前で立ち止まる。
そういえば私はこの店に暖簾が掛かっているところを見たことがない。
訪れるのはいつも、早朝の開店前。
あと数時間で、丸一日経ってしまうんだなあ。
>>531の姿でセルさんを、あの店のカウンターに押し付けて、
抱かせて貰った…いや、違う。
確かに体はそうだった、
だけど心は…私が抱かれていたように、感じる。
そっと手を伸ばしてガラスがはめ込まれた扉に触れた。
冷たい。
セルさんも、スベスベとしたきれいな黒い部分は最初は冷たい。
だけど終わる頃には、内側から熱せられたように微かな熱を感じるようになる。
80 ◆PICorehgzw [sage] Date:2008/09/15(月) 01:59:21.68 ID:glxGVCIo Be:
あと数時間で、丸一日。
私はセルさんのぬくもりをてざわりを覚えているけど、
セルさんは覚えてくれているのかな。
帰らなきゃ。
着替えて、>>531に戻って、セルさんのらーめん屋に配達をしないと。
今日は抱かせてくれるかな、触れさせてくれるかな、
きっとさせてくれないんだろうな。
だって、電話で、突き放されたばかりだから。
ううん、突き放されては、いない。
セルさんを好きになりすぎた私を心配して、
やんわり注意してくれただけ。
……だけどそんな優しいところに、ますますのめりこんでしまうの。
82 ◆PICorehgzw [sage] Date:2008/09/15(月) 02:09:58.26 ID:glxGVCIo Be:
「……帰らなきゃ。」
ぽつん、と口にして、扉からそっと手を離す。
踵を返したところで扉がガラリと開いた。
「えっ?」
「……レオナ?」
振り返ろうとした首が中途半端な角度で止まる。
どきーんっ、て、胸が高鳴って苦しい。
セルさんだ。
「……どうしたんだ、こんな…遅くに」
「あ、あ、ごめんなさい……」
慌てて向き直って頭を下げる。
鼻先に、ふんわりとスープのいいニオイがした。
84 ◆PICorehgzw [sage] Date:2008/09/15(月) 02:13:43.25 ID:glxGVCIo Be:
A・セルさんは笑顔でするりとレオナを追い返すよ
B・ちょっと困りながらも突然の訪問を受け入れてくれるよ
C・寧ろ翻弄するよ
89 ◆PICorehgzw [sage] Date:2008/09/15(月) 02:24:44.62 ID:glxGVCIo Be:
>>86 釘を刺すよ
「あ…?もう、仕込みをしていたんですか?」
「いや。寝付けないのでな、ナメック星人にも楽しめるスープを作るために研究をしようかと…と言っても解らないだろうが」
セルさんがちらりと店内に目を向けて、
それからまた私に目を戻す。
いつも通りの優しい目つきだ。
どこまでも甘えたくなってしまうような。
「……どうして、こんな遅くに。と、わたしは聞いているんだがね」
びくん、と背が震えた。
セルさんはもしかしたら怒っているのかな。
ううん、怒っているに違いない。どうしよう……。
「電話の意味が解らなかったのかな」
「いえ、その……」
「深入りするな、頼りすぎるな、と言っただろう?」
「……ごめんなさい」
激昂した喋り方じゃない。落ち着いた、いつもどおりの。
だけど、その雰囲気は、私はここに来たらいけなかったんだって
胸が痛い程実感させる。
甘えすぎていた。
いつもセルさんは優しかったから。
91 ◆PICorehgzw [sage] Date:2008/09/15(月) 02:31:38.56 ID:glxGVCIo Be:
「わたしはお前が期待しているようなものを返してやれないんだよ、だから…」
「ご、ごめんなさいっ」
慌ててもう一度頭を下げる。
帰ります、って口の中で呟いて、駆け出そうとしたら、
その手をセルさんに捕らえられた。
ああ、
どきんって、また胸が跳ねる。
「……せ、セルさん」
「このまま帰させてはお前が誤解したままになりそうだからな」
「あの、」
握られているところから熱が駆け巡って体温が急上昇する。
とってもつらくて、早く離してほしい。
だけどずっと握っていて欲しい。
「こちらを向いてくれないか」
ドキドキしてたまらない。
大丈夫。大丈夫よ。
極厚のファンデーションはきっと真っ赤になってる頬を隠してくれる。
おずおずと私は振り向いた。
93 ◆PICorehgzw [sage] Date:2008/09/15(月) 02:37:23.57 ID:glxGVCIo Be:
「……ああっ」
外灯の光に薄っすらと浮かぶセルさんの顔。
それが目に入るだけで胸がきゅーんと悲鳴を上げる。
「わたしはな。何も、店に来るなとか…わたしに関わるなと言っているわけではない」
「…せ、セルさん?」
「わたしも君を中々気に入っているし、このまま付き合いを続けて行きたいのだよ」
「え…」
今にも零れそうだった涙がひょいっと引っ込んだ。
だけど、私の目から発射される期待ビームをさらりと避けてセルさんが笑う。
ああその笑顔まで、私の心を笑っちゃうくらいに奪うのに。
「深入りしない。……干渉しない。お互い、良い距離を持ったまま楽しく遊ぶ」
「そんな関係をお前と築けるのなら、喜ばしい。わたしはそう思っている」
「……え?」
「解り易く言うと、」
「大人の関係……。 そうだね。お前の恋人にはなれないが、セフレにはなってやれる」
「そう言えば伝わるかな?」
97 ◆PICorehgzw [sage] Date:2008/09/15(月) 02:43:38.22 ID:glxGVCIo Be:
せ、セフレ。
頭の中をぐるぐるとその言葉が巡った。
たしかに、たしかに。
恋人にもなっていないのに、セルさんを抱かせてもらえたけど、
私はそれはセフレになるためじゃなくて…
セルさんが大好きで大好きで堪らないから、
だから抱かせてもらえた、抱かせてもらった、そう思っていた。
そこから二人の関係がセフレに進むなんて思いもしなかった、
だって私はセルさんが大好きだからなのに。
だけどセルさんの中では、全然違うの?
「……どうかな。考えてみてくれ」
「せ…セル、さん」
セルさんのきれいな、きれいな、私なんかの百倍きれいな、
整った顔が笑みを浮かべたまま私を見つめている。
真っ白な長い指が私の手首を離して、すっと持ち上がった。
頬を、包まれる。
じいん、と喜びと幸せと興奮が、体を満たしていく。
「わたしは、折角出逢ったお前との縁を、しちめんどくさいしがらみで壊したくはない」
99 ◆PICorehgzw [sage] Date:2008/09/15(月) 02:49:28.45 ID:glxGVCIo Be:
セルさんとどう別れたか覚えてない。
ちゃんと挨拶できたかな?
メイクも落とさないままベッドに倒れこんで、抱き枕を抱き締めた。
セフレ。
セルさんを、セフレにする?
私が、セルさんのセフレになる?
……想像もつかなかった。
私は、好きな人。恋人。恋人になりたい人。
そういう相手以外と、エッチなんて、しようと思わないで生きてきたから。
だけどそれがセルさんと、つながれる、唯一の方法だとしたら?
……とても一晩じゃ答えが出そうに、なかった。
おしまい。
・・・続きました。