俺「ばらよ、ばらよ、」
俺「あかいばら、しろばら、きばら、」
俺「……俺が丹精込めて育てたばら」
俺「どうれもこれも、きれーか顔じゃ」
俺「けど」
俺「だけんど。」
空気が少し濃いように思える昼間。
じんじんと照りつける太陽が、その空気の濃度に揺らいでいる。
庭師ははさみを握る手を留めて、
かごに差し入れたばらを暫く見詰めた。
俺「……だけんど……」
733 ◆hAmnyPalgs [sage] Date:2008/08/02(土) 18:27:35.59 ID:E3yd/96o Be:
俺「あの人のほうが、ずうっと、きれーか…お顔ばしちょる」
俺「ばらよ、ばらよ、」
俺「先生の目ぇば、楽しませとくれ」
俺「あかいばら、しろばら、きばら……」
今宵は、夕涼みの夜会が悟飯の屋敷で行われる。
広間を飾るばらを切りながら、
庭師は調律師のことばかりを考えていた。
赤いばらはあの人の透き通った燃えるような、それなのに静かな目を。
白いばらは凛としたあの人の立ち姿を。
黄のばらと濃い緑の対比は夏の日差しに輝くあの人の美しい肌を思い出せる。
俺「奥様、ばらば切って参りました」
ビーデル「あらありがとう」
ビーデル「あの、庭師さん」
俺「はい」
ビーデル「……今夜は早く帰っておいてね?ごめんなさい」
俺「……」
俺「解っちょります」
734 ◆hAmnyPalgs [sage] Date:2008/08/02(土) 18:36:02.24 ID:E3yd/96o Be:
庭師がみすぼらしい姿を夕闇に紛れさせるように家路についたころ、
調律師はちょうど悟飯の屋敷に到着していた。
薄暗くなってゆく紺の空を背負い、
シンプルで人目を引きはしないが仕立ての良いドレスを身にまとうピッコロ。
庭師がもし見ることができたのならば、
ばらと比べることも失礼だと思うほどにうっとりとしてしまっただろうが、
庭師はここにはいない。
ピッコロ「美しいばらだな」
悟飯「ようこそピッコロさん!楽しんでいってくださいね」
ビーデル「うちのばらはよく褒められるんですよ」
玄関から夜会が行われている広間まで、
たっぷりとばらがあしらわれている。
あの男が育てたばらか、と、
ピッコロはほのかに口元に笑みを浮かべながらそれを眺めた。
737 ◆hAmnyPalgs [sage] Date:2008/08/02(土) 18:43:20.31 ID:E3yd/96o Be:
俺「あの人はどんなおべべばきちょるんか」
俺「俺の育てたばらば、見てくれおるだろうか」
庭師の手の中で帽子がくしゃりとひずんだ。
余りよろしくない頭で、一所懸命、
今宵の調律師を想像しようとしたが出来ない。
見たい、一目見たい。
俺「けんども」
俺「俺が、見つかったら、きれーか人たち」
俺「いやあな気持ちんばさせてしまう」
庭師は溜息をもらし、早足で住処に帰る。
俺「良いでねえか」
俺「俺が見られんくっとも」
俺「ばらが……、」
俺「俺が育てたばらが、あの人ば見詰めちょる」
743 ◆hAmnyPalgs [sage] Date:2008/08/02(土) 18:55:29.77 ID:E3yd/96o Be:
広間にもばらの香りが溢れ、
ピッコロは思わず微笑を深めた。
長い付き合いの悟飯が驚くほどの柔らかな。
悟飯「ピッコロさん?」
ピッコロ「あ、ああ」
悟飯「御機嫌ですね、今夜は」
ピッコロ「そうかも知れないな」
あの無骨な、沢山のかぎざきやささくれがあり、
土で汚れたあの指が。
このばらをどんな風に育て、どんな風に慈しんだのだろうと
調律師は考えるともなく考えながら、
そっと生けられたばらに手を伸ばした。
レースの手袋から透ける肌の色は緑。
745 ◆hAmnyPalgs [sage] Date:2008/08/02(土) 18:57:03.05 ID:E3yd/96o Be:
A・旦那
B・>>129
C・ばら
754 ◆hAmnyPalgs [sage] Date:2008/08/02(土) 19:18:45.46 ID:E3yd/96o Be:
>>751 A・あの旦那
金持ちの男「なあ君」
悟飯「なんですか?」
金持ちの男「『あれ』は、一体何なんだね。あの色、…あれがウワサの調律師かね」
悟飯「……『あの人』はピッコロさんです。ええ、調律師の」
金持ちの男「ふうむ。実物を見るのは初めてだな」
調律師はあまり賑やか過ぎるパーティーには、
丁寧な詫び状を添えて欠席していた。
そのため、派手な集まりを喜ぶこの男がピッコロを直接見たのはこれが初めてだったのだ。
ピッコロ「白いばら、赤いばら、」
ピッコロ「フフ」
ピッコロ「オレは白いお前が好きだ」
壁際でひっそりとばらを撫でる、しなやかな指先。
759 ◆hAmnyPalgs [sage] Date:2008/08/02(土) 19:30:36.73 ID:E3yd/96o Be:
花弁を乱さぬように、
優しく、滑るようにピッコロの指がばらを撫でる。
この花を育てるために庭師はどのような苦労をしたのだろうか、などと、
思いを馳せつつ。
その指が、
ばらの花と共に、握りこまれた。
ぐしゃりとゆがんだばらの花。花弁が散る。
ピッコロ「……ッ?」
金持ちの男「……お前さんが、ウワサの調律師らしいじゃあないか」
ピッコロ「…………手を、離せ」
調律師の言葉に、金持ちの男はにやりと笑い、
いっそう手に力を込める。
指に走る痛みに、ビクリとピッコロが身を竦めた。
760 ◆hAmnyPalgs [sage] Date:2008/08/02(土) 19:36:20.15 ID:E3yd/96o Be:
ピッコロ「う、」
金持ちの男「ああ、これは失礼。うっかりしていたぞ」
男がゆっくりと指を開くと、白いばらの花弁がはらはらと落ちる。
さっと指を引いた調律師を見遣り、男は笑う。
金持ちの男「痛むかね」
ピッコロ「……いや。」
手を下ろした調律師は、会釈を残してその場を離れようとした。
踵を返しかけたその背に、声が投げられる。
金持ちの男「まあ……、」
金持ちの男「痛んでも問題はなかろう、どうせふぞろいの指だ」
762 ◆hAmnyPalgs [sage] Date:2008/08/02(土) 19:47:22.94 ID:E3yd/96o Be:
きん、と。耳の奥が痛む。
調律師は咄嗟に振り返りかけて、ぐっと耐え、
そのまま立ち去ろうとする調律師に、男は近づいた。
金持ちの男「わしの会社が、次に手がける事業は」
金持ちの男「……この家の主の案を使おうと思っているんだがね」
突然の言葉に、訝しく思った調律師は僅かに表情を顰めながら立ち止まった。
暫く黙り、調律師が業を煮やして振り返るのを待ってから、
男は葉巻の煙を吐き出しながら口を開く。
金持ちの男「そうなればこの貧乏学者の家も少しは豊かになるだろうな」
ピッコロ「……貧しいわけではない」
金持ちの男「ふっふ。わしから見れば貧しい家だ」
ピッコロ「……」
金持ちの男「それに、各界からの注目も浴びるだろうな」
ピッコロ「……」
766 ◆hAmnyPalgs [sage] Date:2008/08/02(土) 19:59:08.83 ID:E3yd/96o Be:
男の言いたいことが解らぬままに、
調律師は金持ちの男に促されるままテラスへと出た。
元教え子の悟飯の仕事に深く関わっている男と知ると、
あまり邪険にも出来なかった。
じんわりと暑い空気が風に揺らされる。
星が瞬き、ピッコロは夜空をちらりと見上げながら
男の腕にいざなわれ、テラスの端で足を止めた。
ピッコロ「……何かオレに用があるのか」
金持ちの男「ふふん」
男のいやらしい笑いが、広間から漏れる灯りに照らし出される。
調律師の緑の肌は庭先の闇に染められ、しんと冷えていた。
つづく。