〜〜調律師と庭師の恋〜〜 7,花

1:〜〜調律師と庭師の恋〜〜 1,始まり
2:〜〜調教師と庭師の恋〜〜 2,再会
3:〜〜調律師と庭師の恋〜〜 3,調律師の家へ
4:〜〜調律師と庭師の恋〜〜 4,家での出来事
5:〜〜調律師と庭師の恋〜〜 5,家に通う

6:〜〜調律師と庭師の恋〜〜 6,調律師の想い

322 ◆hAmnyPalgs [sage] Date:2008/07/21(月) 16:33:42.34 ID:nhl68P2o Be:
〜〜調律師と庭師の恋〜〜

その日庭師が調律師の家を訪れると、
調律師はかっかと照りつける夏の日差しの下、
汗一つかかずに庭先に立ち尽くしていた。

細められた目、力んでいない表情。
笑みに似た気配を帯びているのにどこか寂しげだと庭師には感じられ、
門の前で思わず足を止めてしまう。

俺「……」

調律師は腕を組み、庭師が丹精込めて育てている花を見詰めていた。
今が盛りと咲き誇るその花は、ふんわりと紫を乗せた白い花弁を大きく広げ、
調律師の目を楽しませる。

庭師は見惚れた。
花にではない。
庭木や花々のためだけに暮らしていた庭師にとって、
人生で初めて、花より美しいと思えた人だった。


323 ◆hAmnyPalgs [sage] Date:2008/07/21(月) 16:42:34.55 ID:nhl68P2o Be:
庭師は躊躇う。
美しい花の前で、たおやかな様子でそこに在る人。
絵画のような風景の中に、己の存在を割り込ませたくないと願う。
美しいその人、美しい庭先。
美しいものをうつくしいままの姿で取っておきたい。

だが、庭師が踵を返す前に調律師が庭師の存在に気付いてしまった。

ピッコロ「おい」
俺「あっ、」
ピッコロ「どうした、入れ」
俺「し、失礼するでがす」

ぎこちない、洗練されていない仕草でべこんと頭を下げ、
庭師は門を開けた。
少しサビの浮いた黒い門は、そのサビすらも意匠かと思わせるほどに
小さな、絵のような庭先に似合っていた。
その中に己。
キレイな花の茎にこびり付くあぶらむしのようだと、庭師は己の身を嘆く。


326 ◆hAmnyPalgs [sage] Date:2008/07/21(月) 16:53:57.45 ID:nhl68P2o Be:
ピッコロ「暑い中、すまんな。花の手入れに来たのか」
俺「そ、そうでがす」
ピッコロ「……満開だな。どれくらい、保つんだ?この花は」
俺「あと一週間は楽しめるでがす」
ピッコロ「一週間か……」

とつん、と、調律師の胸がさざなみをうつ。
一週間が過ぎ行けば、こうしてこの庭師と会話を交わす機会も減るのだろう。
会えなくなるわけではない、悟飯の屋敷に呼ばれれば顔を合わす機会もあるだろう。
そも、たまたま厚意で庭の面倒を見ていてくれていただけの相手だ。
なぜ己は一週間、と区切られただけで少し気が滅入るのだろうと、ピッコロは内心で首を傾げる。

俺「花があ、終わったら種が取れるでがす。保存ば出来るがこつ、俺が処理するでがす」
ピッコロ「そうか」

身を小さくしゃがませて花をいじり出す庭師を見下ろしながら、
ピッコロは小さく頷いた。
種の処理にもそう時間は掛かるまい。
一週間、それともう少しで、たまたま繋がったこの縁も途切れるのだろうか。


327 ◆hAmnyPalgs [sage] Date:2008/07/21(月) 17:03:02.51 ID:nhl68P2o Be:
ピッコロ「今日はどんな曲が聞きたい?」
俺「も、もし良いだば、静かなやつがいいでがす」

このごろになると、庭師は調律師に自分の希望を伝えるようになっていた。
曲名など殆ど知らぬ庭師のあいまいなリクエストを、
調律師はいつもすんなりと引き受けてみせた。

調律師が家に入って暫くの後、
優しい旋律が流れ出す。
少しおもたくて風に乗れず、
生まれてはふんわりと落ちてぱらんと草の上でほどけてしまうしゃぼん玉のような、
少し物悲しい、けれど静かで美しいピアノの響き。

もう庭師は、想像する必要はない。
調律師がどのように美しい指を躍らせるか、
ピアノの前で目を閉じたその横顔がまるで殉教者のように凛々しく切なげなこと。
だが表情は耐え切れぬ喜びに隠しきれぬ光を滲ませていること。
庭師はもう知っていた。

花を害する虫を取り除き、葉を拭いながら、庭師は旋律の邪魔にならぬ程度に、
ひっそりと息を落とす。

 俺は花になってしまいたい。
 あぶらむしがごつこの身ならば、いっそ物言わぬ花になれてしまえば。
 あの人に優しい目で見詰められて、短い生涯を終える花になりたい。


329 ◆hAmnyPalgs [sage] Date:2008/07/21(月) 17:22:22.85 ID:nhl68P2o Be:


ピッコロ「そういえば来週、悟飯の屋敷に呼ばれている」
俺「夕涼みの夜会でがすね」
ピッコロ「ああ。こじんまりとした集まりだから是非と言われているんだが」
俺「俺も、裏庭のバラを、たっぷり切って欲しいといわれてるでがす」

庭弄りの終わった後、こうして差し向かいで飲み物を楽しむ時間も、
随分と自然に取れるようになっていた。
それでも調律師が少し身動きをする度に、庭師の心臓は跳ね上がる。
すっかり庭師はピッコロに心酔していた。
だからどうだということもないのだが。庭師はよく自分の身分を理解していた。

ピッコロ「バラか。切ってしまうのは惜しいが楽しみだな」
俺「楽しまれるために育てられている花でがす。見て、愛でてもらえりゃそれだけで」

幸せだと思うでがす、と続けようとした庭師は、
緩やかに笑うピッコロの表情に視線を吸い込まれて語尾を小さく失わせた。
あなたはバラよりずうっときれいだと、
庭師に少し廻る口先があれば言えたのだろう。
だが庭師にはそんな言葉は思いつかない。

うつくしい、きれいだ、とただただ思い、だがそんな言葉では表せない何かがあると、
庭師は一所懸命言葉を考えた。
鈍い頭では何も思いつかず、庭師はおしのように黙り込む。

ピッコロ「それでは夕涼みの夜会、招待を受けるとしよう」



                       つづく

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