1:
〜〜調律師と庭師の恋〜〜 1,始まり2:〜〜調教師と庭師の恋〜〜 2,再会
3:〜〜調律師と庭師の恋〜〜 3,調律師の家へ
4:〜〜調律師と庭師の恋〜〜 4,家での出来事5:
〜〜調律師と庭師の恋〜〜 5,家に通う786 : ◆hAmnyPalgs [sage]:2008/07/13(日) 01:26:23.22 ID:gLfqugco
〜〜調律師と庭師の恋〜〜
-これまでのあらすじ-
雇ってもらっている館へ良く訪れる調律師に、
いつしか憧れの気持ちを抱くようになってしまった庭師。
みすぼらしく学もない庭師と違い、調律師は品も良く全くつりあいません。
だからこそ庭師はただ見ているだけで良いと己をいさめて日々過ごしておりました。
庭師はせっせと調律師の家に通い、庭の世話をします。
調律師はそのお礼としてピアノを弾いてくれ、
みっともない身なりの庭師を優しく家の中へ導いて冷たい飲み物を振舞ってもくれます。
優しい調律師に、庭師はどんどん心酔していくのでした。
787 : ◆hAmnyPalgs [sage]:2008/07/13(日) 01:31:51.26 ID:gLfqugco
ひどく恐縮して何度も頭を下げた庭師が帰った後、
グラスを洗いながらふと調律師は視線を横へ流す。
台所の隅には麻袋。その中に詰まった入り麦を思い、
ピッコロは小さく笑った。
ピッコロ「こんなに買ってしまって、どうするというのだろうか」
ピッコロ「この家には客なぞ来ない」
ピッコロ「あの庭師だって、そういつまでも訪れるわけではないだろう」
ピッコロ「そう、」
ピッコロ「あの花が、落ちるまでか」
それが、ほんの少しだけ寂しい。
だが、調律師は自分の気持ちには気づかないまま、
なんだかほんの少しだけ胸が重いと、溜息を漏らした。
789 : ◆hAmnyPalgs [sage]:2008/07/13(日) 01:38:56.53 ID:gLfqugco
ピッコロは知り合いが少ないという訳ではない。
仕事柄、上流家庭との繋がりは強く、
そういった屋敷でのパーティーや夜会にはよく呼びたてられる。
だがピッコロは、そういった集まりがあまり好きではなかった。
悟飯の館で行われるそれにはこまめに顔を出していたが、
他の知り合いに呼ばれたときは、仕事上に差し障らない程度に断り、
数度の招待に一度という割合で受けていた。
上流社会は、うわさ話で成り立っている。
ピッコロの過去を知るものも多い。
そういった場に顔を出せば、
皆が己の指を見ているような心持になるのだ。
―まあ本当に4本しかありませんのね―
―それでよくピアノを弾こうと思われたこと―
ピッコロの人より良く聞こえる耳には、
口さがないご婦人方のそういった囁き声も、ようく届くのだ。
耳が良いことは誇りだ。
音を聞き間違うこともない、ピアノの軋みを聞き逃すこともない。
ただ、そうったひそひそ声を拾ってしまったときは、
ピッコロは己の耳を引き千切ってしまいたい衝動に駆られる。
だが、ピッコロは黙って口元を笑いのように歪ませて、
そ知らぬふりを続けるのだ。
790 : ◆hAmnyPalgs [sage]:2008/07/13(日) 01:44:28.03 ID:gLfqugco
庭師の訪れから、暇な有閑婦人達の囁きに思いが流れ、
ますます胸がふさぐ。
はあ、と一つ大きく息をついて、
ピッコロは手にしていた良く拭いたグラスを食器棚に戻した。
食器棚、と言っても、水しか飲まぬピッコロの1人暮らしの住居には、
大した数は常備されていないのだが。
ぱたん、と食器棚の扉を閉じたピッコロの視界に、
四本しかない己の指が映る。
―こんな出来損ないの手でリストが弾けると思って?―
重石を飲み込んだように重かった胸が、
ずきん、と明確な痛みを生んだ。
己の指から目を逸らす。
792 : ◆hAmnyPalgs [sage]:2008/07/13(日) 01:49:33.84 ID:gLfqugco
ピッコロ「解っている」
ピッコロ「解っているんだ」
ピッコロ「努力してもどうしようもないことが、あると、いうこと」
ピッコロ「……」
調律師は涙は零さなかった。
ピアノを弾いて暮らしていくことを諦めたあの日で、
泣くのは最後にしようと心に決めていたから。
ピッコロ「……フ。触れられるだけでも、充分だ」
諦め切った笑みを口元にほのかに滲ませ、
ピッコロは静かにピアノへと歩み寄る。
悟飯の屋敷にあるそれとは、段違いに質素なピアノ。
椅子に腰を下ろす。僅かな軋み。
蓋に手を掛けた。だが開けられない。
今は弾く気分ではないのだろうと、
蓋に両手を置いたまま、ピッコロは静かに座っていた。
794 : ◆hAmnyPalgs [sage]:2008/07/13(日) 01:55:17.36 ID:gLfqugco
磨きこまれた茶の蓋の上に、すらりと伸びた指。
どう足掻いても数の足りぬ指。
目を逸らそうとした。だが逸らすことが出来ない。
どれだけ目を逸らしてもこの指は己の一生に付いて廻るのだ。
そして忘れることが出来ない。挫折の日のことを。
―本当にきれーか指でがす―
ふわっ、と、
本当に突然、ピッコロの鬱鬱とした思考に、
頭の悪そうな、けれど実直な色を伴う声が蘇る。
まっすぐ、何の他意もなく、ピッコロの胸元に投げ込むように
庭師は言った。
ピッコロ「……あいつは何も知らんからそんなことを言えるんだ」
795 : ◆hAmnyPalgs [sage]:2008/07/13(日) 01:56:59.21 ID:gLfqugco
そうだ。
ピッコロの過去を知らぬ知り合いなぞ、
そういえば、
初めてではないだろうか。
誰しもが社交上の噂話として、調律師の過去を知っていた。
不自然に指の、手の話題を避けるきらびやかな人たち。
けれど視線はちらりちらりとピッコロの指を掠める。
そうしてピッコロがその場から少し離れれば、
こそこそと囁くのだ。「驚いたこと。本当に4本しかないのね」
ピッコロ「……何も、知らんから」
あんなにもまっすぐ、「きれいだ」と。
ピッコロは、じっと己の指を見た。
それからもう一度呟く。
ピッコロ「何も、知らないから言える言葉だ」
だが、その言葉がピッコロの心を、
今、ふわりと軽くしたことを、ピッコロは気づきかけていた。
つづく