神とロボとお菓子

57 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2008/06/22(日) 21:15:07.58 ID:RfqmykDO
〜神とロボとお菓子
デンデ「んしょ…」

天界に住み着いて、結構長い月日が経ちます
けれど、ぼくがここに立ったのは、今日が初めてです。

真白い陶器のシンク、広い大理石の調理テーブル、汚れ一つ無いコンロ

デンデ「ええっと…」

さっき資料室で見つけてきた料理の本も新品同様で、ぼくは何をしたらいいのか戸惑ってしまいます。
たぶん、ポポさんに聞いてみれば少なからず答えてくれるでしょう
でも、今日はポポさんの力は借りません
ぼくがそう決めたんです。

小麦粉、バター、砂糖、卵、香料…

本に書いてあったとおりの材料を準備してみたけど、何がなんなのかぼくにはさっぱり…

「えっと…小麦粉が…」

「神様」

「うわぁっ!!」

息なりの声に驚き、小麦粉の袋がぼくの手を離れ、調理台に落ちる
小麦粉が舞う

背後から気配もなくいきなり近づいてきた犯人
それは間違うはずもありません

「ろ…679さん…」

「こんにちは、神様」


62 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2008/06/22(日) 21:27:16.07 ID:RfqmykDO
デンデ「な、なんでここに…」
679「はい、ミスターポポに聞いたら神様は台所だと」
デンデ「はぁ…」

デンデ「くしゅんっ」
デンデ「くしゅんっくしゅんっ」
679「神様、大丈夫ですか?」
デンデ「へ、平気で…くしゅんっ」

衝撃で舞った小麦粉を吸い込んでしまったみたいで、くしゃみが止まりません
それからしばらく、ぼくのくしゃみが収まるまで、679さんは黙って床やシンクに散った小麦粉を片づけていました

デンデ「ふぅ…やっと止まりました…」
679「それはよかった」
679「それで、神様は何をしていたのでしょうか?」
デンデ「…見てわかりませんか?」
679「はい、小麦粉をぶちまけているところしか見ていませんから」
デンデ「…」

なんと言ったらいいのでしょうか
もちろん、679さんに悪気などあるわけもありません。
でも、その言い方はないでしょう…

デンデ「…お菓子を作るんですよ」
679「…何故?」
デンデ「作りたいからですよ」
679「把握しました」


66 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2008/06/22(日) 21:41:51.64 ID:RfqmykDO
気を取り直して、はかりとにらみ合い
お菓子づくりは正確さが肝心だと、さっき見た本に書いてありましたから。

デンデ「ええっと…はくりきこ150ぐらむ…」
679「…」
デンデ「うーん…少し多い…」
679「…」
デンデ「もう少し…かなぁ」
679「…」
デンデ「…」

気配は完璧にないんですが、背後からぼくを見ている存在がやたら気になります
邪魔…というわけではありませんが、とにかく気になります

デンデ「…679さん?」
679「何か?」
デンデ「…何しているんですか?」
679「神様を見ています」
デンデ「…」
デンデ「楽しいですか?」
679「人間観察は趣味です」

たぶん、言えば立ち去ってくれるんでしょうけど、なんだかそれも気が引けますし
どうしたらいいのかはわかりませんが、すごく気になります


68 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2008/06/22(日) 21:59:32.74 ID:RfqmykDO
小麦粉150ぐらむ、砂糖60ぐらむ、バター50ぐらむ、卵1個、膨らし粉と香料を少し…

配分と材料は間違ってない…間違ってないはずです
いや、もしかしたら、ぼくたちナメック星人は
料理をしてるつもりで、失敗した錬金術を行える種族なのかも知れません。
ボウルの中の異様な塊を眺め、ぼくはため息一つ

デンデ「えっと…」
679「…」

たぶん、679さんが普通の人間なら
こんな時、同情らしい言葉を掛けてくるか、バカにするか、立ち去るかのどれかの行動を起こすでしょう。
しかし、彼はロボットです
何も言わず、ただ、ぼくと失敗した錬金術のような塊を見ています。

デンデ「…あ、あはは…どう思います?」
679「…理解不能」

ぽつりと呟かれた言葉があまりに痛いです
もう少し気を使ってくれたって良いじゃないですか…
自分の耳の端が垂れ下がるのが分かりました

679「…」
デンデ「…ぼくには、無理なんでしょうか」


76 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2008/06/22(日) 22:25:35.89 ID:RfqmykDO
679「何事にも不可能ということはありません」
デンデ「…」
679「とりあえず焼いてみますか?」

黙って何かを考えていた679さんが
普段通りの無表情でボウルをのぞき込み、ぼくに続きをするように促します
でも、これはどう見ても失敗でしょう…
色もおかしいし、やたらねちゃねちゃだし…
焼いたところで結果は見えてます

679「推測するにこれは…」
デンデ「失敗ですよ、ぼくにだってわかってますよ」
679「そうではなく…」
デンデ「ぷーんっだ、変に気を使わないでも大丈夫ですよーっ、もう」

励まそうとしてくれているのでしょう
無理に『失敗ではない』と、679さんは言いたげでしたが
…失敗に気を使われると逆に悲しいことが分かりました。

デンデ「どうしよう…これ」

ぼくはボウルの中のねちゃねちゃしたなりそこないを眺め
気が付けば、やり場のないやるせなさと妙な悲しみに、深いため息をもう一度ついてました。


80 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2008/06/22(日) 22:39:30.23 ID:RfqmykDO
679「…」
デンデ「あ」

ぼくの腕の中から、ひょいとボウルが奪われ
679さんがそれを無言で調理台に置く
いったい何をする気だというのでしょう?

679「神様、これは失敗ではありません」
デンデ「…慰めはいりませんよ」
679「…」

少し、679さんが悲しそうな顔をした気がしました
気のせいかも知れません、それぐらい、微々たる表情の変化でした。

679さんは無言のままオーブンの天板にパラフィン紙を敷き、それからやっとぼくの方を向いてくれました

679「どうぞ」
デンデ「…失敗だって分かってるのに、続けろって言うんですか?」
679「失敗ではありません」
デンデ「…わかりましたよ」

679さんはロボットのくせに、妙なところだけ気を使うんだから…
ぼくはもう何度目かも分からないため息を付き、仕方なしに天板に向かいました。

とは言っても、このねちょねちょした失敗作をこれ以上どうしろと言うのでしょうか?
本の通りなら、麺棒で伸ばして型を抜くみたいですが、どう考えても無理です。


85 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2008/06/22(日) 22:52:47.91 ID:RfqmykDO
デンデ「…」
679「…」

デンデ「…無理、じゃないですか?」
679「そんなことはありません」

ぼくにこのねちゃねちゃした失敗作をどうしろと言うのでしょうか
はっきり言ってひどい状況です
色はピッコロさんの肉じゃがに似てますね
あれの色が少し濃くなったような感じです
あぁでも、すごくねちゃついてて、触れば指にべったり付いてきます
気持ち悪い手触りです
どう見ても、本の写真とはかけ離れています

679「どうしました?」
一向に行動に移そうとしないぼくを心配したのか、679さんが声を掛けてきました
もうあきらめても良いですか?
…なんて言えるワケもなし

デンデ「どうしたらいいんでしょうか…」
679「本にはどう書いてありましたか?」
デンデ「…麺棒で伸して型を抜けって…」
679「それは不可能」

続きをしろって言ってる本人が不可能を認めてしまいました
もう、ぼくにどうしろっていうんでしょう


87 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2008/06/22(日) 23:04:37.58 ID:RfqmykDO
デンデ「…」
679「…焼き菓子の場合タネが柔らかすぎる時は、匙で天板に適量を落として形を整えます」
デンデ「?」
679「どうぞ」

もう、言うとおりにするほかないみたいです
こんな失敗するなら、ポポさんに教えてもらえばよかったなと、今更思いながら
679さんに言われたとおりスプーンで失敗作を掬い、天板に少しずつ落としていきます

ぺちゃり

べちゃ

べちゅ

なんか、ちょっとイヤな音です…
数十分ぐらいかけて、やっと、失敗作のボウルが空になりました
天板の上のパラフィン紙を埋め尽くすように点々と不細工に広がる失敗作…


89 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2008/06/22(日) 23:15:34.54 ID:RfqmykDO
679「あとは、オーブンで焼くだけです、神様」
デンデ「うぅ…」

失敗だと分かってる物を作り続けねばならないことがこんなにつらいなんて…
料理を完成させることができるピッコロさんを心から尊敬しますよ
そんなことを考えている間に、679さんがオーブンの温度調節を淡々としていました
もう、逃げることはできないみたいです…

デンデ「し、しりませんよ!ピッコロさんみたいに、異臭騒ぎになっても!」
679「問題ありません、私が保証します」
679「…」
679「万一そうなったとしてもここには神様とミスターポポしかいません」
デンデ「…」

何で言い換えたのか、聞く気も起きません
それに、もう、何を言っても焼くしかないのでしょう
ぼくは諦めて、天板をオーブンにセットしました

679「170度、17分」

17分後なんて、来なければいいのに…


91 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2008/06/22(日) 23:26:54.76 ID:RfqmykDO
17分…
普段なら、なんてことはない短い時間でしょう
お話したり、報告書を書いたり、下界を眺めたりしていれば、あっと言う間に過ぎ去っていくほどの短な時間です。

しかし、今は17分をこんなに長く感じています…
まるで、ゴルゴダの丘を登るキリストのような気分です

17分後、オーブンの中に広がる惨状は、想像するだけで恐ろしい!
679さんもポポさんも絶句することでしょう…
そしてお二人はぼくに呆れる事でしょう
しかし、お二人とも優しい人ですから
ぼくをバカにするようなことはきっと言わないでしょうけど
でも、いっそバカにされた方が楽なこともあるんですよ…
そんなことを考えている間に時間は流れ
そして、ついに

ぴーっ、ぴーっ

オーブンのアラームが鳴る
心臓が張り裂けそうなまでに激しく鼓動を打つ
オーブンのガラスの扉が重く感じました
オーブンの扉を開けるのがこんなに重く苦しいことだなんで誰が想像できるでしょうか…


96 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2008/06/22(日) 23:43:54.32 ID:RfqmykDO
もう、なるようになれ!!
ぼくは胸の中でそう叫んで、一気にオーブンの戸を開けました

…?
想像していたほどの異臭は、無い
むしろ…良い匂い?
いいえ、もしかしたら香料に騙されているだけかも知れません。

恐る恐る天板に手を伸ばす

デンデ「っ!熱っ!」
679「神様!!大丈夫ですか!?」

気が焦りすぎてミトンを忘れてました…
679さんが蛇口をひねり、冷水にし
後ろからぼくの手を掴み、半ば強制的に、天板に触れた右手を冷却させます

679「少し考え事をしておりました、気づけなくて申し訳ありません」
デンデ「い、いえいえ…」

679さんは火傷を気遣ってくれるけど、ぼくはオーブンの中身が気になって仕方がありません
もしも、取り出した天板に絶句するようなグロテスクな世界が広がっていたら…

まさか、いえ、たぶん…


99 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2008/06/22(日) 23:59:46.45 ID:RfqmykDO
ちらちらとオーブンを気にするぼくに気が付いたのか、679さんが少しだけ笑った気がしました
やっぱり気のせいだったかも知れませんが、少なくともぼくには微笑んだように見えました。

679「気になりますか?」
デンデ「…はい」
679「神様、大丈夫です、あれは失敗ではありません」

通算何度目になるのか分からない、679さんの『失敗ではありません』という言葉
彼は何を根拠に言っているのでしょうか

彼の手が、ぼくの手から離れ、679さんはオーブンに近づいた

679「生地の粘度は、卵のサイズやバターの溶かし具合といった材料の水分の加減で結構変わります」
679「色も、卵の黄身や香料の量等で場合によってはかなり濃くなります」

679「そしてそれは」

679さんの手によって、天板がオーブンから取り出される…

679「失敗とはよびません」

そっと、ぼくの横の調理台に置かれた天板
鼻を擽る、甘い香り
そして天板に並んでいるのは
形こそ不細工だけど
確かに、ぼくが作ろうとしていた
それでした


101 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage]:2008/06/23(月) 00:20:08.23 ID:gz5G8sDO
679「おめでとうございます、神様」
デンデ「!」

この人は、この結果をすべてを分かっていたのでしょうか
ロボット故の無表情の奥に、かすかな笑みを見た気がしました

デンデ「えっと…失敗ではないって、いつから…」
679「最初から」
デンデ「?」
679「あとは、少し放置して粗熱がなくなれば、完成です」

679さんは、水道を止め、再度ぼくの手をそっと掴みました
大きい手

679「神様、大丈夫ですか?」
デンデ「はい、大丈夫です」
679「なら良いのですが…」
デンデ「うふふ」



〜神とロボとお菓子
おしまい


ちょっと続きます:神とロボとお菓子 その後
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