ピッコロさんが出て来ない。
いつも俺が帰ってくるや否やドアを開けて顔を出してくれるピッコロさんが
ドアの向こうに気配もない。
ざわ、と悪寒が走った。
鍵を取り出し、ドアに差し込んで廻そうとしてガチと引っ掛かる。
舌打を漏らした。
いけない。落ち着かなければ。
902 : ◆hAmnyPalgs[sage]:2008/06/11(水) 01:43:00.78 ID:C0O2jiEo
愛犬の爪が玄関のタイルでかちかちと鳴る音がする。
ふと心が和んだ。
ゆっくりと鍵を押し込み直して廻す。
今度は呆気なくロックの外れる手ごたえと音が返って来た。
ドアを開けてオートで灯る電灯の光の下で重たい革靴を脱いだ。
飛びついてくる愛犬をあやし、首や背を撫でながら上がる。
ピッコロさんがまだ、出て来ない。
どつ、どつ、と心臓が暴れ出す。ゆっくりと息を吸って、細く吐いた。
スリッパに足を入れて廊下を歩く。
纏わりついてくる愛犬の立派な胴体の側面に脛を擦り付けるように遊びながら、
落ち着け、と己に言い聞かせた。
きっと瞑想でもしているのだろう。
あの狭苦しいマンションにいた頃は、俺が帰っても気にせずじっと瞼を閉じていたあの人。
リビングに通じる曇りガラスの嵌められたドアを開けた。
904 : ◆hAmnyPalgs[sage]:2008/06/11(水) 01:48:33.17 ID:C0O2jiEo
灯りの付いたままのリビングの、ソファの上にも、どこにもピッコロさんはいなかった。
ピッコロさん、
呼ぼうとした声が喉に張り付く。
頭に血が上りかけて、一瞬で下がった。
心臓が苦しいほどに鳴る。
キッチンを覗く。いない。
無音のバスルームをそれでも一応と覗いた。いない。
自分の立てる足音が荒くなっていくのに気付く。
愛犬が不安げに俺を見ている。
「なんでもないぞ」
声を掛けた。
躊躇いがちに近づいて来る愛犬の顔を揉むように撫でた。
ツクと目の奥が刺されたように熱くなる。
910 : ◆hAmnyPalgs[sage]:2008/06/11(水) 01:54:05.47 ID:C0O2jiEo
もう失うわけにはいかない。
もう失いたくはないんだ。
もしまたあの人が俺から離れてしまったのなら
今度は何年待てばいい?
涙は零れなかった。
あの時枯れてしまったのだろう。
愛犬の立派な首に手を掛けて、胸に溜まる息を一気に吐き出す。
階段へ向かった。
俺の後をついて来ようとした愛犬が、徐々に荒くなる俺の足音に怯んで降りていく。
ごめんな。
いつだって優しくしてやりたいんだけどな。
921 : ◆hAmnyPalgs[sage]:2008/06/11(水) 02:09:57.22 ID:C0O2jiEo
駆けるように階段を登りきり、二階廊下の壁に張り付いた明かりのスイッチを
叩くように押した。寝室のドアを乱暴に開ける。
「ピッコロさん?」
灯りの付いていない寝室に長方形の光りが落ち、
その中にピッコロさんを見つける。
うつ伏せにベッドに倒れ込んだようなその姿に、
安堵と恐怖が綯い交ぜになって胸が波打つ。
ああ良かった俺から逃げた訳じゃなかった、だけど、一体、
「ピッコロさん…?具合悪いんですか?」
ベッドへ歩み寄りながら尋ねる。ピッコロさんは意識を失っているわけではなさそうだ。
びく、と震える体が廊下から注ぎ込む光で汗ばんで光っている。
「ピッコロさん」
「何でもない」
聞きなれない声が小さく返される。
声を出す余裕はあるらしいと安堵したけれど、でも
何でもなさそうな様子ではない。
925 : ◆hAmnyPalgs[sage]:2008/06/11(水) 02:20:07.82 ID:C0O2jiEo
ベッドに腰を下ろすとピッコロさんの体がぎゅうと縮み、指先が掛け布団を握り締める。
苦しいんだろうか、一体どうして?朝は特に変わった様子もなかったのに。
「ピッコロさん、気分悪い…?」
悟飯さんかブルマさんに連絡を取った方がいいのだろうか、
不安に眉を寄せながらピッコロさんの背中に手を当てる。
胴着越しにすら解るほどに汗が滲んでいた。
少しはラクになるだろうかと何度も背を撫でたが、その度にピッコロさんの
引き締まった背筋が濡れた布の向こうでビクつく。
「どうした、すか?苦しい?」
心配で胸が潰れてしまいそうだった。
俺の傍に帰って来てくれてからのピッコロさんはいつもどこか寂しげで、
逞しさも力強さも変わらないのに以前よりなぜか頼りなく見える。
「い、……>>1」
苦しげな声で名を呼ばれた。
927 : ◆hAmnyPalgs[sage]:2008/06/11(水) 02:25:33.61 ID:C0O2jiEo
何度も俺の名を呼ぶピッコロさんに、喜びを感じる。
俺を頼ってくれているのだろうか、こんな辛そうな時に。
少しでもピッコロさんが落ち着くならと出来るだけ柔らかく返事を返す。
掌の下で震えていたピッコロさんの体が、
少しずつ少しずつ呼吸を落ち着かせて来てくれたような気がした。
不意にその体が動く。
濡れて身体に張り付いた胴着の下で筋肉が、肩甲骨が動く様子が
薄暗さに慣れてきた目にしっかりと見て取れた。
後頭部からうなじまで汗でじっとりと濡れていて、
ピッコロさんの動きに合わせてそれが廊下からそそぐ明かりにぬるりと光る。
俺の名を呼びながら体を摺り寄せてくる動きに、蛇を連想した。
929 : ◆hAmnyPalgs[sage]:2008/06/11(水) 02:30:25.99 ID:C0O2jiEo
ほんの僅かに体を起こしたピッコロさんの広い手のひらが俺の足に掛かる。
鋭い爪に僅かな痛みを感じたけれどそれはすぐに緩められた。
俺はピッコロさんの丸い頭ににじんだ汗がとろりと流れて、
少し垂れた耳の裏へと流れていくさまをじっと見詰めていた。
濡れた緑の肌が、僅かに動く度に光を反射させる角度を変え、
素直に、きれいだと思えた。
苦しげなピッコロさんを見てそんな風に思う自分に気付いて
唇を噛む。
932 : ◆hAmnyPalgs[sage]:2008/06/11(水) 02:38:57.95 ID:C0O2jiEo
俺の指より太いのに、俺から見ればキレイに見える指が腿を揉むように動く。
掌を押し付けるように躙らせながら揉まれる足。
直接的な刺激ではなく、その動作に媚びの気配を感じ取って
じんと腰に熱が走る。
解っている、そんな訳がない、ピッコロさんがそんな女のようなこと。
己の都合の良いように物事を捻じ曲げようとする自分を叱咤した。
「好きだ」
先ほどよりは大分落ち着いたらしい声で囁かれる。
己の身勝手な心情に吐き気すら感じた。
この人をそんな目で見る自分が俺はキライだ。
「俺も大好きっすよ」
薄汚い欲望を隠すように、そっと囁きながらピッコロさんの背を抱き寄せた。
それは本当に、本当の、本当だ。
好きだ。愛している、それなのに、
こんな劣情をあなたに抱いたまま、あなたが俺に告げてくれる言葉を返すのは
嘘をついているような気がして心に重石を抱いた気分だった。
940 : ◆hAmnyPalgs[sage]:2008/06/11(水) 02:49:27.02 ID:C0O2jiEo
ピッコロさんに掛けた手の力は些細なものだった。
だが、いつもより熱く感じるピッコロさんの体は軟体動物のように
ぴたりと俺に寄り添う。
背筋が震えた。
柔らかくくねるように、汗にとろりと濡れたピッコロさんの体が俺の身に沿うように
起き上がってくる。
堪らなかった、好きだ、愛してる、それなのに俺は。
きつく抱き締めた。腕の力に加減が出来なかった。
大きなピッコロさんの体を俺の腕の中に閉じ込める。身動きすら取れないように。
俺は、欲情していた。
自分が許せなかった。
俺の腕の中でピッコロさんが安堵したように身の力を抜いて吐息を漏らす。
俺が今この瞬間、どれほどあなたを無茶苦茶にしてやりたいと思っているなんて
想像も付かないんだろうな、ああ、気付かせてはいけない。
942 : ◆hAmnyPalgs[sage]:2008/06/11(水) 02:57:11.12 ID:C0O2jiEo
腕の中でピッコロさんの体が熱い。
汗に濡れたその肌を隅々まで舐め廻して歯を立てて
泣かせてやりたいと思った。
そんな自分にイラだちが止まらない。
俺を見上げたピッコロさんと目が合った。
ピッコロさんの表情が、どこか幸せそうなとろけた顔から一気に引き攣る。
「ピッコロさん」
俺を呼ぼうとしたピッコロさんの声を遮るように名を呼んだ。
今あなたに呼ばれてしまえばタガが外れてしまうかも知れないほどに、
俺はあなたに欲情している。
抱き締めて捕らえたピッコロさんの体ががくがくと震えた。
怯えきった目で見詰められて、
心臓を絞れば罪悪感があふれ出しそうなのに
それなのに怯えて震えるあなたのその口に、
熱くて堪らない俺のを突っ込んでやりたいと腰が疼く。
946 : ◆hAmnyPalgs[sage]:2008/06/11(水) 03:03:53.08 ID:C0O2jiEo
「……そんな風に、したら駄目っすよ」
そんなに無防備に俺の前で媚びるような態度をとっては。
ピッコロさんが今にも泣きだしてしまいそうな顔で頷く。
怖がらせてしまった。俺は最低だ。
あなたが悪いんじゃない、解ってる。
俺が勝手にあなたの素直な好意をわざと歪ませて受け取って、
そう、勝手に興奮しているだけだ。
やわらかく、絡み付いてくるように俺の身体にぴたりと寄り添っていた
ピッコロさんの体が今は硬く強張ってしまっている。
何度も何度も頷いて怯えた顔を晒すピッコロさんに胸が痛む。
俺はそんなにけだもののような顔をしていたのだろうか。
必死に笑顔を作ろうとした。うまく出来た自信はないけれど。
途端にピッコロさんの見開かれた目から涙がこぼれる。
「……さーせん、ピッコロさん」
嫌がられるかも知れない、こんな俺の手は。
だけどピッコロさんは、じっとしていてくれた。
溢れる涙を拭う。拭っても拭っても次から次に溢れ出すそれに、
自分の欲情の罪深さを感じた。
954 : ◆hAmnyPalgs[sage]:2008/06/11(水) 03:11:07.27 ID:C0O2jiEo
こんな風に怯えさせたくなかった。
もっと優しく、やわらかで清潔なガーゼで包むように
いつも不安そうなあなたが俺の傍ですっかり安心してくれるように
そんな風に愛したかったのに。
「ピッコロさん……さーせん。ピッコロさん」
怖がらせたくなかった。
俺はあなたの居場所になりたかった。
あなたが安らげる俺でいたかったのに。
「ちが……」
「好きです」
未だにしつこく俺の中に燻る興奮を押さえつけて、
ひたすらに優しくしなければと己に活を入れる。
中々落ち着かないピッコロさんの頭を引き寄せて、
溢れ出る涙を舐め上げた。
960 : ◆hAmnyPalgs[sage]:2008/06/11(水) 03:20:29.12 ID:C0O2jiEo
舌で触れたピッコロさんの濡れた頬はつるりと心地よく、
それだけでずるずると己の中の狂暴な思いに引き摺られそうで、
それをなんとか抑えていられるのは
ピッコロさんが俺の舌にすら怯えたように震えているからだ。
そっと涙に潤んだ目尻に口付ける。
「大好きっすよ」
俺に出来るだけの優しい声で囁く。
本当だ、それは本当なのに、
自分のどろどろの欲望を奇麗事で覆い隠しているような
決まりの悪い気持ちになる。
それを誤魔化すように優しく名前を呼んで、言葉を重ねた。
「愛してる」
軽く伏せられたピッコロさんのまぶたが震えていた。
どうか、どうか怖がらないで欲しい。
あなたを傷つけるつもりはないんだ。
我慢する。あなたを怯えさせるくらいならそんなことどうってことない。
967 : ◆hAmnyPalgs[sage]:2008/06/11(水) 03:28:20.22 ID:C0O2jiEo
「愛している……」
俺の腕の中で震えたままのピッコロさんが、聞き取りづらい小声で小さく囁いてくれた。
心に染み入るように喜びが沸き起こる。
嬉しい。本当に嬉しい。
あなたにそう告げてもらえるなら俺はなんだって出来る。
……あなたから囁いてもらえる愛の言葉と比べて、
俺があなたに告げる愛の言葉はなんて安っぽいのだろう。
怯えさせはしないかと不安になりながら、そっと抱き締める腕を強くする。
ピッコロさんに嫌がる様子はない。それでも不安になる。
不意に腿が圧迫されて、視線を落とした。
ピッコロさんの指がズボン越しに食い込んでいる。
痛い程ではない。
けれど、抑え込もうとする俺の興奮が沸き起こるような感触だった。
974 : ◆hAmnyPalgs[sage]:2008/06/11(水) 03:37:16.56 ID:C0O2jiEo
「ピッコロさん?具合はどうっすか」
自分の感情から注意を逸らそうと言葉を掛ける。
そっと背中を撫でると、ピッコロさんの目線が上がって、目が合った。
目を覆う涙の膜が注ぐ光に光っている。
「なんともない……」
「そんな風には見えなかったっすよ?」
「……なんともない」
言い張るピッコロさんにひとつため息をつくと、
それだけでピッコロさんがビクリと震えた。
愛しいこの人をどれだけ怯えさせたのかと思うと自分が許せなくなる。
「ピッコロさん、横になってて。水とって来るっすから」
ぽん、と一つ背を叩いてから立ち上がると、
俺の太腿に触れたままのピッコロさんの手が、
まとわりつくように俺の膝まで滑って、それからぽとりとシーツに落ちた。
つづく・・・。