前スレ:
〜〜調律師と庭師の恋〜〜 15,思い出と明日482 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sagesaga] 2009/08/25(火) 21:54:27.95 ID:WnoJfl2o Be:
〜〜調律師と庭師〜〜
ビーデル「ほら、ピッコロさんも抱いてあげてください」
そう言って若い母親がそっとピッコロに近づいていく。
胸に抱かれている白いレースの中には、柔らかく小さな赤ん坊。
まだくしゃくしゃの顔で、今にも泣き出しそうな彼女を見ると、
調律師は己が手を差し出すことは出来なかった。
ピッコロ「い、や…オレは」
ビーデル「大丈夫ですよ、ほら、腕をこうやって…頭を支えて」
ピッコロ「む、無理だ、壊してしまう」
悟飯「そうですよね!!!怖いですよね。ボクもなかなか抱けなくて」
両手を握り力強く己の元教師に同意する館の主人は、
まだ幼さすら残す面差しを嬉しげに輝かせながら
妻に抱かれるわが娘をうっとりと見つめる。
悟飯「ちょっと予定より早くて不安だったんですが、元気に生まれてきてくれてよかった…」
ビーデル「ふふ、この人もピッコロさんと同じこと言うんですよ」
ピッコロ「む?」
ビーデル「壊してしまいそうだ、って」
悟飯「だってこんなに小さくて、…こんなに可愛いんだもの」
483 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sagesaga] 2009/08/25(火) 22:06:49.32 ID:WnoJfl2o Be:
爽やかな初秋の風が通り抜けるテラスで、
いとし子を抱き、心からの幸福を噛み締める若い夫婦を見守り、
調律師は鋭い眼光を湛える赤い目を緩やかに細めた。
秋の気配は近づいて来たものの、寝苦しく暑い夜更け過ぎに、
調律師が愛してやまぬこの屋敷の家族がまた一人、増えたのだ。
己の身には眩しすぎるほどの目の前の幸せの形を、
調律師は静かに見つめていたが、やがてその視線を逸らす。
ピッコロ「名は決めたのか」
ビーデル「はい、パン、と」
ピッコロ「パン」
調律師はもう一度その名を口の中で繰り返した。
パン。
この先、彼女が歩む全ての道のりが、
幸福と平和に満ち満ちたものであるよう、祈りながら。
485 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sagesaga] 2009/08/25(火) 22:17:42.37 ID:WnoJfl2o Be:
ピッコロ「少し、庭を歩いてきても良いか」
ビーデル「ええ!夏バラはもうそろそろ終わりですが」
悟飯「バラ園で庭師が処置をしていると思いますよ」
ピッコロ「ああ」
僅かな笑みをテラスの二人に残して、
調律師は庭へ続くステップを降りていく。
その背中は、長い間悟飯が眺めていたまま、真直に伸びていた。
これから先もずっとそうなのだろう。
悟飯「ピッコロさんは、良く笑うようになったね」
ビーデル「あら、そうかしら?以前からじゃない?」
悟飯「いや…、穏やかな人ではあったけれど、あんな風に笑いはしなかったよ」
おぼつかない手つきでビーデルから愛娘を受け取りつつ、悟飯は目じりを下げる。
悟飯「皆幸せになればよいよね、ボクたちも、パンも、ピッコロさんも」
486 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sagesaga] 2009/08/25(火) 22:29:42.57 ID:WnoJfl2o Be:
ピッコロ「秋のにおいがするな」
庭を鮮やかに染め上げていた草木の緑も、
まもなく訪れる秋、
そして冬に備えて、その色を変える準備を始めていた。
渡る風もどこか夏のそれではなくなっている。
小道から芝生へと逸れると、ピッコロの緑の素足を守るサンダルの狭間から、
尖った草がちくちくと肌を擽った。
その感触に目を細めなあがら、調律師は歩む。
ちきん、ちきん、と、鋏を振るう音が聞こえるほうへと。
ピッコロ「い、ち」
すっかり呼び慣れた名を口に乗せれば、慌てて振り返る彼のしぐさ。
こっけいなほど大げさなそれに、調律師は笑った。
朗らかに。
488 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sagesaga] 2009/08/25(火) 22:46:39.30 ID:WnoJfl2o Be:
俺「せんせえ!」
ピッコロ「せいが、出るな」
俺「おじょうさまば、見に来られたんでがすか」
庭師の問いに頷きを返し、ばらのしげみへと近づいていく。
足取りは軽く、表情は明るい。
だがそれを待つ庭師は、交流の始まりの頃とさほど変わらず、
緊張に肩をいからせて立ちすくんでいる。
その様子に、調律師は口元を緩めた。
ピッコロ「まだうつくしいのに、もう切ってしまうのか」
俺「へ、へえ。最後までさかしちまうと、根っこば疲れちまう」
ピッコロ「ほう…、その花は、捨ててしまうのか」
俺「へえ。もうはなびらも開ききっちまってるでがすけん」
俺「ちーとばかり、奥様のお風呂に入れる分は残すでがすが、ほとんど捨てちまうでがす」
ピッコロ「勿体無いな」
庭師の足もとのかごに、たっぷりと切られたばらの花々を見下ろし、
調律師は無造作にそのそばにしゃがみ込んだ。
赤ばら、白ばら、黄ばら。
調律師の緑のおもてが、うつくしいばらに近づき、その香りを楽しむ。
494 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sagesaga] 2009/08/25(火) 23:02:46.04 ID:WnoJfl2o Be:
調律師「もう、じき、秋だ」
庭師「へえ」
庭師が今年も植え、面倒を見ていた調律師の家の花ももう終わりを迎えている。
調律師は、庭師に視線を向け、しゃがんだまま首を傾けた。
その些細な仕草に、跳ね上がる胸を庭師は片手で押さえつける。
調律師「オレの家の庭も、…寂しくなってしまった」
庭師「へ、へえ。もうちーとしたら、種ば取りに」
調律師「秋から冬に楽しめる花を、…植えては貰えんか?」
去年は言えなかった願いを、調律師は淀みなく唇に乗せる。
窺うように庭師を見つめていた赤い目が、細められた。
庭師が何度も何度も、がくがくと頭を上下に振るからだ。
そして、調律師は気づく。己の胸がほっとしたことを。
なんでもないことのように口にしたその言葉を、
実際に発するために、己が思った以上に緊張していたことに、
調律師は気づいた。
そして、そんな自分が、以前より少しだけ悪くないように思えたのだ。
庭師「きょ、きょ、今日せんせえんちば行ってもええでがすか!!」
庭師の言葉にゆったりと頷きを返しながら、
調律師は以前より少しだけ上手になった微笑を浮かべていた。
つづく!